MMTでは解決しない「日本人の給料安すぎ問題」 労働生産性向上のため「産業構造」を転換せよ

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この連載でずっと主張しているように、日本は労働生産性を高めていかないといけないのですが、労働生産性を高めることは簡単ではありません。技術の普及、産業構造の効率化、企業規模の拡大、輸出の促進、規制緩和、新商品の開発などが不可欠です。

これらは、単純な政府支出では実現できません。

ケインズ経済学では、政府支出は基礎研究、インフラ投資、教育、生産性の高い業界への補助などに優先的に投資するべきであると考えます。これらの投資は、労働参加率だけでなく、労働生産性の向上にも貢献するからです。ただし、その効果が出るには時間がかかります。

一方で、ゾンビ企業や経済合理性の低い企業を増やすような支出には、注意するべきともされます。

先ほども説明したように、労働生産性が変わらなくても、あるいはある程度低下しても、労働参加率が上がれば生産性も上がります。ですから、完全雇用を実現するまでは、どんなに経済合理性のない企業が増えても全体の生産性は上がります。

しかし、これを繰り返していると、産業構造が非効率になるという弊害が生まれます。産業構造が非効率になってしまっていると、労働生産性を引き上げることが難しく、GDPを成長させる手段が人口増加しかなくなります。人口増加も難しい場合は、結果として経済成長が止まってしまい、なかなか浮上できなくなってしまうのです。

事実、1990年代に入ってから、日本は政府支出によって、賃金水準の低い、質の悪い雇用を大きく増やしてしまいました。その結果、貧困に陥っている国民が大幅に増えてしまいました。どの政権においても、労働生産性の向上をおろそかにし、労働参加率を上げることに終始するという、ケインズ経済学とは逆の政策を実行してきたのです。

「産業構造の問題」から逃げては日本復活はありえない

日本では今後数十年にわたって、人口の増加は期待できません。さらに、生産性が大企業の41.5%しかない小規模事業者を305万社にまで増やしてしまった結果、産業構造も非常に非効率になってしまっています。

日本人の「給料安すぎ問題」の大本の原因は、産業構造が非効率になっていることによって、労働生産性が低迷していることにあります。給料は労働生産性に比例するので、生産性が上がっても、労働生産性が上がらないことには給料は上がらないのです。

アメリカは人口が増え続けているため、働き口を確保することがつねに大きな政策課題になっています。逆に言えば、労働参加率が上限に達することがありません。そんなアメリカにとって、MMTの理論は極めて重要です。むしろMMTは、人口が増加しているアメリカだからこそ考え出された理論だと思います。

一方、人口が減少している日本では、一部の経済学者が唱えているほど、特効薬的にGDPを大きく成長させる力があるとは思えません。もちろん「日本人の給料安すぎ問題」を解決できる力もありません。私は、MMTの効果は期待されているほどではない可能性が高いと考えています。

やはり産業構造を効率化して労働生産性を高める以外、「給料安すぎ問題」の解決策はありえません。日本政府は、政府支出を増やしても増やさなくても、結局は産業構造の問題にメスを入れざるをえないのです。

デービッド・アトキンソン 小西美術工藝社社長

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David Atkinson

元ゴールドマン・サックスアナリスト。裏千家茶名「宗真」拝受。1965年イギリス生まれ。オックスフォード大学「日本学」専攻。1992年にゴールドマン・サックス入社。日本の不良債権の実態を暴くリポートを発表し注目を浴びる。1998年に同社managing director(取締役)、2006年にpartner(共同出資者)となるが、マネーゲームを達観するに至り、2007年に退社。1999年に裏千家入門、2006年茶名「宗真」を拝受。2009年、創立300年余りの国宝・重要文化財の補修を手がける小西美術工藝社入社、取締役就任。2010年代表取締役会長、2011年同会長兼社長に就任し、日本の伝統文化を守りつつ伝統文化財をめぐる行政や業界の改革への提言を続けている。

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