コロナが暴いた「この人は無理」という人間性 「元の世界」に満ちていた不正や欺瞞が露呈した

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地震や噴火、津波や大洪水といった自然災害を、「遊動者」は身軽に移動することで、かわすすべを心得ていたが、わたしたちは「定住」という言葉が示すとおり、あくまでそこにとどまろうとする。西田は「ある時から人類の社会は、逃げる社会から逃げない社会へ、あるいは、逃げられる社会から逃げられない社会へと、生き方の基本戦略を大きく変えた」という。

恐らくこれは物理的にというよりは、心理的にだ。住居というストックが象徴的であるが、所有という概念に根差した固定的な社会があるからである。関係性に対するスタンスもこの志向に半ば引きずられ、非常時においてもこの「基本戦略」を忠実に遂行しようとしてがんじがらめになっているのだ。

「不快であったとしても、危険が近づいたとしても」「人間性を疑う」カルチャーが支配する関係性を守ることを選びがちになるのである。損して得を取れ――尊厳は損なわれるが一時の安心は得られる――というわけなのだ。

「遊動者の知恵」から何を学ぶか

当然のことながら、わたしたちは気まぐれに「遊動者」へと先祖返りするようなアクロバティックなことはできない。そのような社会はほとんど存在しないからだ。とはいえ、「遊動者の知恵」から学ぶことはできるだろう。

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今日的な「遊動者の知恵」とは、「裸の実存」を物事の判断の中心に据えて、コミュニケーションの仕方を変えたり、相手の「人間性」を「差し引いて付き合う」フットワークのことであり、尊厳が損なわれる場所から、実りのない関係性から、素早く距離を取ったり、軽くいなしてしまうフットワークのことだ。冒険を恐れずに新しい仕事や新しいつながりに飛び込むこともそこに含まれるだろう。

「わたしたちはもう元の世界には戻れない。しかし、元の世界がよかったといえば微妙だ」――まるでSF映画のせりふのようにも聞こえるかもしれないが、これがウィズコロナ、アフターコロナ時代の嘘偽りのない現実といえる。ならば、わたしたちはむしろ、「元の世界」に満ち満ちていた不正や欺瞞がおのずから露呈する「今の世界」こそ、愛でなければならないのではないか。

真鍋 厚 評論家、著述家

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まなべ・あつし / Atsushi Manabe

1979年、奈良県生まれ。大阪芸術大学大学院修士課程修了。出版社に勤める傍ら評論活動を展開。 単著に『テロリスト・ワールド』(現代書館)、『不寛容という不安』(彩流社)。(写真撮影:長谷部ナオキチ)

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