疫病と自粛疲れから「国民の2つの身体」を守れ 「自然的身体」は「政治的身体」と不可分である

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公衆衛生とは本来、「ボディ・ポリティックの健康水準」を維持・向上させることですが、個々の患者の身体、すなわち自然的身体のみならず、政治的身体の健康も脅かされていることが、目に見える形で示されるからです。

コロナウイルスの流行が始まって以来、なじみ深くなった「集団免疫」など、まさに「身体の二重性」に基づいたもの。

集団免疫とは、ある社会集団を構成する人々の大部分が、特定の病原体に対して免疫を持つことで、免疫を獲得できない人も感染をまぬかれる(病原体が広まりにくくなるため)ということですが、これは「ボディ・ポリティックのレベルで免疫が獲得されれば、免疫を持てない自然的身体も保護される(=免疫を持ったのと実質的に同じ状態になる)」ことにほかなりません。

あるいは「自粛疲れ」はどうか。

疲れといっても、外出を控えたり、仕事を休業したりしている人々の個々の身体が疲労しているわけではありません。

たいていの場合、運動量は減っているはずです。

「自粛疲れ」が意味するのは、緊急事態宣言などによって、社会全体のレベルで行動が制限された結果、人々のストレスが高まり、それが「疲労」として集団的に認識されているということ。

すなわちボディ・ポリティックの疲れなのです。

けれども無視しえないのは、自然的身体に比べて、ボディ・ポリティックは比喩的・象徴的な側面が強いこと。

われわれの身体も、心理的な要因で病気になることがありますが、ボディ・ポリティックの健康となると、そちらのほうが主流です。

ウイルスの次にやってくるもの

新自由主義やグローバリズムの理念は、経済的な格差を拡大させ、社会統合を弱めることで、ここ数十年間、日本のボディ・ポリティックを少なからず衰弱させました。

コロナウイルス対策においても、感染者はもとより、感染リスクのある医療従事者やその家族に対する差別が問題となっており、4月21日には日本赤十字社が「ウイルスの次にやってくるもの」という動画を配信するに至ります。

ウイルスの次にやってくるのは、恐怖に基づく社会の分断なのですが、終わり近くに「人は、団結すれば、恐怖よりも強く、賢い」というテロップが出てくるのは、実に意味深長。

ボディ・ポリティックの健康は、人々の団結、つまり社会的統合が解体するだけで損なわれるのです。

コロナウイルスの流行をまず収束、そしてゆくゆくは終息させるためには、われわれは自然的身体とボディ・ポリティックの両方を、病から守らねばならない。

今までの議論を要約すれば、そうなります。

これが具体的に何を意味するかは、次回のテーマ「コロナ対策の3つの原則」でお話ししましょう。

佐藤 健志 評論家・作家

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さとう けんじ / Kenji Sato

1966年、東京都生まれ。東京大学教養学部卒業。1989年、戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』で文化庁舞台芸術創作奨励特別賞。1990年代以来、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。『平和主義は貧困への道』(KKベストセラーズ)をはじめ著書・訳書多数。またオンライン講座に『痛快! 戦後ニッポンの正体』(経営科学出版)、『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』(同)がある。

 

 

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