「満員電車は死ぬぞ」コロナでロンドン市長訴え 外出制限でも地下鉄は運行、通勤者で混雑

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カーン市長は、パキスタン系移民でイスラム教徒という欧米の大都市の市長としては珍しい経歴を持つが、交通政策については絶大な信頼を勝ち得ている。なぜなら実父が市内バスの運転手だった、という経緯があるからだ。

増便が難しいのは、公共交通機関の職員に体調不良者が増えていることも理由だ。地下鉄の運転士をはじめとするロンドン交通局の職員のうち、およそ3分の1が自己隔離、または体調を崩して職場を離れているという。この先の混雑緩和は、市民の外出機会減少に委ねるしかなさそうだ。

鉄道網も非常態勢に

さらにイギリス政府は、通勤者の減少や外出の自粛などで鉄道の需要が急速に落ち込むことを予想し、全国の鉄道運行オペレーターに対して「フランチャイズ(運営権)契約」を6カ月間停止し、実質的に一時国有化するという政策を打ち出した。

イギリスの鉄道は上下分離方式で民営化され、大半の路線は線路などのインフラを国有の「ネットワーク・レール」社が保有し、地域や路線網ごとに運営権を得た民間企業がオペレーターとして列車を運行する方式をとっている。今回の措置は、政府が「このままオペレーターが運行を続けると、急激な利用者不足による収益の悪化とコスト増大で会社が破綻する可能性が高い」と判断したことによる。

医療従事者をはじめ、外出制限中でも鉄道サービスを必要とする利用者は一定の数がある。これらの人々の足を確保するため、政府が先回りして「起こりうるマイナスへの補填」を行う政策をいち早く打ち出した、と言えよう。ただ、今回のコロナ禍が起こる前からフランチャイズ契約には問題をきたしており、最近では2路線が暫定的に国の財源で運行されている。

わずか数週間前にブレグジットを実現したイギリスだが、貿易交渉など山積みの課題に対峙する前にコロナ問題に巻き込まれる格好となった。経済への影響を最小限にし、国民の健康を維持しようという難問に挟まれながら走り続けるイギリスの公共交通機関。はたしてこの施策がどう転ぶか、大きな挑戦はしばらく続くことだろう。

さかい もとみ 在英ジャーナリスト

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Motomi Sakai

旅行会社勤務ののち、15年間にわたる香港在住中にライター兼編集者に転向。2008年から経済・企業情報の配信サービスを行うNNAロンドンを拠点に勤務。2014年秋にフリージャーナリストに。旅に欠かせない公共交通に関するテーマや、訪日外国人観光に関するトピックに注目する一方、英国で開催された五輪やラグビーW杯での経験を生かし、日本に向けた提言等を発信している。著書に『中国人観光客 おもてなしの鉄則』(アスク出版)など。問い合わせ先は、jiujing@nifty.com

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