三菱重工、造船事業の生き残り戦略で大誤算 大型客船の建造で600億円の巨額損失

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客船を巡る巨額損失計上について緊急会見を開き、経緯を報道陣やアナリストに説明した。写真左が交通・輸送部門を統括する鯨井常務執行役員、右が経理担当の野島常務執行役員

ただし、今回の案件は、アイーダ社の新型客船の”第1番船”。これまで三菱重工が手がけた客船はいずれも同じ型の船が既にあり、仕様が固まっているものだった。今回は仕様の詳細などを含めて設計を一から行う必要があり、ただでさえ作業負担は膨大な量に及んだ。

こうした1番船の建造は、顧客側の要求で途中で仕様変更を余儀なくされることが多く、その分、追加費用が発生するリスクが大きい。しかし、三菱重工は客船の第1番船を手掛けた経験がなかったため、こうしたリスクに対する認識が当初は甘く、契約書の中で十分な対策を講じないまま受注してしまった模様だ。アイーダ社にも相応の費用を請求する意向だが、交渉は難航が要されるため、現時点で想定されうる2隻分の最大追加費用として約600億円を今14年3月期の特別損失として計上する。

揺らぐ造船事業の新戦略、今後の客船受注は白紙に

三菱重工の造船事業にとって、今回の巨額損失は大きな誤算だ。同社は造船事業の生き残り策として、コンテナ船など韓国・中国勢と競合する汎用の一般商船から事実上撤退し、高い技術力を生かして付加価値が取れる特殊船舶に経営資源を集中する戦略を表明。その新たな独自戦略の中で、大型客船をLNG(液化天然ガス)運搬船、資源関連船舶(資源探査船など)と並ぶ大きな柱に位置付けていた。

一般商船の受注金額は1隻がせいぜい数十億円。これに対して、船上にホテルを建造するに等しい大型客船は、最低でも500億円を下らない。しかも部品点数が1000万点を超え、大掛かりで工程管理などが難しいために韓国や中国勢の建造実績がなく、ライバルは独マイヤー、伊フィンカンチェリなど特定の欧州造船所に限られる。三菱重工としては、限られたライバルの欧州勢からシェアを奪い、客船を独自の新たな収益柱に育てる計画だった。

しかし、今回の巨額損失により、そうした戦略自体が見直しを余儀なくされる可能性が高い。客船の今後の受注活動について、鯨井常務執行役員は「とにかく今は(受注済みの)2隻を完成させて引き渡すことに全力を傾ける。今後に関しては、現状の形のままやっていくのかどうかを含めて慎重に検討を重ねたい」と語り、今後の方向性を再検討する考えを示した。

同社の造船事業を巡っては、ノルウェー企業から受注した最新鋭の資源探査船でも建造作業が難航し、今期に多額の追加費用計上を余儀なくされている。アジア勢との生き残り競争に危機感を強め、旧態依然とした日本の造船業界の中で、いち早く「選択と集中」という明確な生き残り戦略を打ち出した三菱重工。しかし、その戦略は実行に際して早くも暗礁に乗り上げた格好だ。

渡辺 清治 東洋経済 記者
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