子ども被災者支援法"骨抜きバイアス"の実態 英文の勧告を誤訳、健康調査拡大を先延ばし

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しかしながら、原発事故から3年が過ぎた現在ですら、放射線による被ばく影響に関する健康調査が実施されているのは福島県内だけにとどまっている。原発事故直後の放射性物質の飛散によってホットスポットが形成され、追加被ばく線量が年間1ミリシーベルト以上の「汚染状況重点調査地域」に指定された千葉県柏市などの9市町村からも「健康管理および医療支援策の推進」の要請がされているが、環境省は「有識者会議での議論に委ねる」として、実施の判断を先延ばしにしている。

こうした中で「意図的な誤訳」の疑惑が持ち上がったことで、政府の信任にまたもや傷が付く事態になっている。子ども被災者支援法に関しては、法律の制定から1年2カ月も基本方針が決まらなかったことから、福島県内外の住民らが国を相手取って昨年8月22日に提訴した(その後、12月27日に取り下げ)。復興庁で基本方針作りを担当していた参事官が、ツイッターで国会議員への誹謗中傷を繰り返していたことも明るみに出た。

昨年10月14日にようやく基本方針が閣議決定されたものの、それまでの間に開催された住民への説明会は東京都、福島市内の計2カ所だけだった。パブリックコメントが募集されたものの、「支援対象地域は、追加放射線量が年間1ミリシーベルト以上の地域にするなど、広く設定すること」という多く出された意見は取り入れられなかった。

一通りの施策が実施される支援対象地域を「放射線量で一律に定めると地域が分断される」(佐藤紀明・復興庁参事官)として、原発から近い福島県の浜通りおよび福島市などの中通りの33市町村を除く地域については、限られた支援策が実施される「準支援対象地域」に区分けされた。

その結果、福島県外の住民は健康調査や医療費支援などを受けることができないままだ。福島県内でも、放射線による健康影響に関する調査は18歳以下の子どもの甲状腺検査のみで、避難指示区域から避難した住民に限って、通常の健康診断の項目に上乗せする形で血液検査が実施されている。

政府は「科学的根拠に乏しい」と一蹴

3月20日、日本外国特派員協会でも会見した

グローバー氏の勧告では、「子どもの健康調査は甲状腺検査に限らず実施し、血液・尿検査を含むすべての健康影響に関する調査に拡大すること」とされているが、政府は「科学的根拠が乏しい」として、「受け入れることはできない」と回答している。

このままでは、子ども被災者支援法が掲げた「原発事故に係る外部被ばくおよび内部被ばくに伴う被災者の健康上の不安が早期に解消されるよう、最大限の努力がなされるものでなければならない」(第2条)という理念から遠ざかる一方だ。

政策決定への被災者の参画は実現しておらず、「当該施策の具体的な内容に被災者の意見を反映し、当該内容を定める過程を被災者にとって透明性の高いものとするために必要な措置を講ずるものとする」(第14条)という支援法の理念も事実上骨抜きにされている。

岡田 広行 東洋経済 解説部コラムニスト

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おかだ ひろゆき / Hiroyuki Okada

1966年10月生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1990年、東洋経済新報社入社。産業部、『会社四季報』編集部、『週刊東洋経済』編集部、企業情報部などを経て、現在、解説部コラムニスト。電力・ガス業界を担当し、エネルギー・環境問題について執筆するほか、2011年3月の東日本大震災発生以来、被災地の取材も続けている。著書に『被災弱者』(岩波新書)

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