幻のドリンク「ネーポン」を甦らせた41歳の執念 一度は消えたが試作に試作を重ねて再現した

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稼げるようになって生活は安定した。

そうすると大学を中退したのが、再び残念になってきた。そこで仕事はしつつ、大阪にある芸術系の専門学校に通い始めた。

「『将来仕事に生かそう』とかは全然思ってなかったです。なんか楽しそうだなって。学校では、プロのデザイナーの話を聞いたり、陶芸家のところへ行って陶芸体験をしたり、と楽しかったですね」

学校に通っていたら、仕事をする時間は減ってしまった。ただ収入が減っても、さほど困ることもなかった。

「ある日、社長から

『会社に来ないのは、ほかのもんに示しがつかないから辞めてくれるか?』

って言われてクビになりました。まあお金もある程度貯まっていたので、そのまま1年間は専門学校に通いました。

その会社で働いている前後、付き合っていた彼女と喋っていたとき、ふとネーポンが話題にのぼったんです」

2005年、田中さんは彼女に、

「ネーポンってあったの知ってる? 今あるのかなあ?」

と尋ねた。彼女がさっそくインターネットで調べると、神戸にまだ工場があることがわかった。

ツルヤ食料品研究所の「おばちゃん」

そしてデートがてら2人で、有限会社ツルヤ食料品研究所へ遊びに行った。マンションの1階が工場になっていて、そこでネーポンなどの清涼飲料水を作っていた。

「ぷっくらしてて元気なようしゃべる、おばちゃんがいました。今でもようしゃべるけど(笑)」

そこから仲良くなって、ちょくちょく会社に行くようになった。

「おばちゃんが、お好み焼き買ってくれて、一緒にネーポン飲みながらしゃべったりね。ただ、遊びに行ってました。仲良くしてもらったと思います」

おばちゃんは、

「もうしんどいし、儲からないし、近々会社を辞めようと思っている」

と田中さんに言った。

「それを聞いて『文化が消えてしまうのがもったいないな』と思ったんです。それだったら、僕も売るの手伝うわって言ったんです」

田中さんは芸術に興味があったので

「アートっぽい瓶作ったら売れるんじゃないか?」

と提案してみた。すると

「そんなお金かかるようなこと言って。まず結果出してから言え」

とたしなめられた。

次ページ「だったらインターネットで売ってみよう」
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