ヤフオクで40万円!『醗酵人間』の魅力とは? 戦後SF最大の怪作。この2月にマニア待望の復刻も

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しかも、である。魔五郎は、父の復讐であることを隠すため、敢えて一度死んだことにして埋葬までされた(偶然それを見破った和尚を即毒殺)。にもかかわらず、その直後から、九里魔五郎名義で派手な犯行予告をバンバン行い、実際、幾たびも人々の前で堂々と「オレは九里魔五郎だ!」と名乗っているのだ。これでは死んだふりをした意味がまったくないではないか。

さらに醗酵人間が1人出てくるだけでも十分鬱陶しいのに、中盤以降はニセ醗酵人間が登場したり、醗酵人間が何故か突然、ドッペルゲンガー的に「いい醗酵人間」と「悪い醗酵人間」に分かれてしまい(アンパンマンとバイキンマンかよ!!)、しかも「いい醗酵人間」はすぐにフェイドアウトしてしまって、以降は出てこなくなるなど、もうしっちゃかめっちゃか。

各章の整合性さえ取れていない

この長編は、一章一章が、大衆小説誌に連作短編として発表されたものなのだが、お粗末にも各章の設定上の整合性がとれていない。加えて作品としての完成度が低いし、文章が低調で品がない。だが説得力がなかろうとも、栗田信の中でメラメラと燃えたぎる奇想が炸裂しまくったことにより、単なるC級スリラーが、馬鹿馬鹿しいにも程がある神々しさを放つ、これぞまさに奇書といえる珍無類の怪SFにまで昇華されたのである。

BOOKMANの第16号

同世代ブックマニアの例に漏れず、筆者もBOOKMANの特集で『醗酵人間』を知り、以来古書店で、古書即売会で、古書目録で、ネットであらゆる機会に捜し求め続けたが、さすがに奇書中の奇書として満天下に知れ渡ってしまったこの本を入手することはおろか、目録で見かけることさえついぞなかった。

ところが奇跡が起きた。ある丑三つ時、いつものようにインターネットで探書を続けていたところ、ある方のホームページに驚愕の情報が記されていた。即ち、『醗酵人間』がある県の図書館に架蔵されていて、それは図書館同士の連携によって地元にも取り寄せが可能だというのである。幻の本を、そんな簡単に読むことができるとは!

その日は興奮のあまり一睡も出来なかったのだが、早速に取り寄せ手配をし、数日後に四半世紀の間ずっと夢見続けた『醗酵人間』を手にした時の興奮は、古本道に入道して以来、最大級のものであったと断言できる。

その時から九里魔五郎の如く、「なくしたといって、この本を自分のものにしてしまえ!」と考える悪古本マニアと、「オレの後にもこの本を読みたがる奇書マニアがいるはずだ。ちゃんと返さねば!」という善古本マニアの二つの人格に分裂する苦しみを味わったが、幸運にも悪心の方を封印できたのであった。

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