第2回 ポジティブドリームパーソンズ社長・杉元崇将 志の醸成

そして起業

子会社の再生をなしえたとき、杉元は起業する目標としていた28歳になっていた。同時にイトーキ本社から本社への異動辞令が下ったのである。
 プロジェクト営業、子会社再生と駆け抜けてきた杉元。ふと気がつくと起業ができるような状況には全くないことに気がつき、起業の目標を29歳でもない31歳でもない30歳という目標に置き換えた。

そんな折、ある営業先で、PlanDoSee(以下PDS)の野田豊加氏と出会うことになる。ちょうど少し前に結婚式をより面白くする会社を立ち上げた時で、そのビジョンや考えに杉元は強く共感したのだった。
 杉元は就職後2年間で、大企業での身のこなしを、次の2年間でプロジェクトの回し方とトップの存在の意義を、そして最後の2年で経営を学び、再生に携わった。起業という目標に向けて欠けているのは、ゼロから何かを立ち上げることだと改めて認識した杉元は、PDSの創業ステージのメンバーに加えてもらったのだ。

少しずつメディアにも取り上げられるようになり、のび盛りの状態であった。充実した日々を過ごしつつ30歳を迎えた杉元は、2年前に決心したとおり、PDSを卒業し、レストランウェディングを企画するポジティブドリームパーソンズ(以下PDP)を立ち上げた。1997年杉元30歳の時である。
 時代はITバブル真っ盛り。起業家として様々なイベントなどに参加すると、すさまじい高揚感があり、可能性を感じることができる時代であった。杉元も、周りの先輩見ていて、「10年で100億円やらなきゃだめだ、やれるよねと」と思っていたという。

田久保の視点
時に、意思決定していることでも、状況に合わせ変化させる勇気を持つことも必要だ。冷静に状況を見極め、ポジティブに変更する、こんな姿勢を持ち続けたい。

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