第11回 海外棚卸事情

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外国の本屋で働いている。大変楽しい仕事ではあるが、利益を出さないといけないのはどこでも同じ。
 小売業の場合、会計上の利益を確定するには、売上金額だけではなく在庫金額も確定しないといけない。そのためには棚卸、つまりお店の在庫を全部数える必要があり、そしてそれは人海戦術とならざるを得ない。なにせ在庫は数十万点、そして人海戦術となると当然お国柄が派手に出る。

20年前に日本で棚卸に従事した際には、電卓で計算していた。緻密とは程遠い自分の性格を自覚しているだけに、結果には未だに自信がもてない。
 あの数字は大丈夫だったのであろうか……。
 今は専門の会社に委託している場合も多く、IT機器の進化と相まって、精度は高まっていると思われる。

シンガポール店では外注せずに、自社スタッフを中心にバイトも配備して棚卸を実施している。
 お店も大きいので大掛かりな活動になり、またシンガポールは徴兵制がある国なので、特に男性陣は文字通りの軍隊式にテキパキと働き、スタッフの結束を固める特別なイベントとなっている。
 時には日付が変わるまでかかることもあるので、終了時にスタッフは感極まって涙ぐむ始末。棚卸作業にかける情熱は、日ごろ計算高いシンガポール人に対する印象を変えるくらい、熱いのだ。

ドバイ店はタダでさえ混成軍な上に、作業要員として外部バイトも来るので、15カ国以上の国籍を保有する古代ローマ軍なみの外人部隊が出来上がる。チームを動かすのにも、ローマ軍の百人隊長並みのリーダーシップが要求される。
 そしてそういう日に限って漏水したり、話のネタには事欠かない。

ポケモンカードを数えるのにひと苦労

シドニー店でも自社スタッフが中心だが、元来バイト率が高いので作業そのものにも学生バイトを多く使う。時給は例によって2000円以上。給料分働いて欲しいところだけれど毎年そうはいかない。
 しかし普段見かけることのないスタッフたちの意外な一面を見られる機会でもあり、一種のお祭りごとともなっている。接客なしの作業日の方が、普段の仕事日よりお洒落なスタッフがいたりして、予想は常に裏切られる。

海外で働くということは、国ごとに異なる会計法や税制などを鑑みて、利益を作っていくということ。この点が消費を中心とする旅行や留学とは決定的に異なる。利益を作るために具体的に何をするかと言えば、国籍や人種や言語、文化を超えて、信頼できる人間関係を構築し、一緒に目標に進むことと理解している。
 数百名のチームワークを実感できる棚卸作業における、終了時の格別な高揚感は国境を問わない。
 同時に疲労感もおびただしく、翌日以降の病欠者が続出という状況も国境を問わない。
 年に一度しかできないお祭りである。

山田 拓也 紀伊國屋書店シドニー店 支配人

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やまだ たくや / Yamada Takuya

紀伊國屋書店入社以来、シンガポール、ドバイ、シドニーで、英語、中国語、仏語、独語そしてアラビア語書籍の販売に携わり、インド、ウズベキスタン、エジプト、エチオピア、ケニア、シンガポール、ジンバブエ、スリランカ、タイ、中国、チュニジア、ドイツ、トルコ、ネパール、パキスタン、バングラディシュ、フィリピン、香港、マレーシア、ミャンマー、モロッコ、オーストラリア人等と働く。多様な価値観との接触が趣味の書店員

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