中絶を後押しする「新型出生前診断」の難しさ 母親の知る権利だけが一人歩きしていないか

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──楽しめると「第2の誕生」へ。

誰しもわが子はかわいく、賢く、と願いますが、それが実現しないと悟ると、それまでの価値観を解体するんです。新しい価値観を築き、「この子でも仕方ない」という容認が、時間とともに「この子がいい」という承認になりうる。その時が第2の誕生。わが子を承認できる人は決して不幸ではない。

障害児を育てている親に話を聞くと、生きるとは何かを深く考えているので、人生が豊かになっているような気がします。

「ダウン症診断だったら中絶」の流れは危ない

──少子化の影響が気になります。

高齢出産の多い時代になり、パーフェクトな赤ちゃんへの欲求は高まっている。この10年で出生前診断を受ける親の数は2.4倍に増えました。40歳で障害のある子を生むと、第2子は無理なので、この子を育てようと最初から受容できる親も増えているように感じます。ただ、全体としていい方向になっているかというと、難しい。出生前診断で見えてほしくないものまで、見えるようになってしまった。今、悪い意味で話題になっているのが、妊婦の血液検査だけで胎児のダウン症の有無がわかる新型出生前診断(NIPT)です。

松永正訓(まつながただし)/1961年生まれ。1987年千葉大学医学部卒業。大学病院を中心に小児を専門として臨床、研究、教育を行う。93年医学博士。2006年から松永クリニック院長。著書多数。『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』で日本医学ジャーナリスト協会賞・大賞を受賞。(撮影:ヒダキトモコ)

サイエンスには明確なビジョンがあるものとないものがある。前者は例えばiPS細胞の開発。一方でNIPTは、既存技術を組み合わせたら胎児のダウン症がわかる、が出発点で、ダウン症の胎児は中絶すべきという理念から開発されたわけではない。ダウン症は障害児のほんの一部だし、そんなにひどい障害ではない。狙い撃ちされるのは、調べられるから。世界的に問題となっている発達障害は出生前診断ではわかりません。

──自身の失敗も披瀝しています。

先輩が「ダウン症の子が生まれたら、妻にすべてを負わせられないので小児外科医を辞める」と言っていたのが頭にあり、妻が妊娠したときに、「小児外科医を辞めたくないな」と思い、NIPTにつながる母体血清マーカー検査を受けました。

その後、妻から「ダウン症だったら中絶するつもりじゃないでしょうね」と言われ、ギクッ。俺、何やっているんだろうと。

──プロでさえ油断すると……。

愚かでしたね。これだけメディアにNIPTの話が出ると、みんなが受けていると妊婦は思うのではないか。ダウン症と診断された9割が中絶という報道がセットになると、検査してダウン症なら中絶という流れになり危険です。

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