歌舞伎町で生き残るバッティングセンターの謎 通うお客とお店側、それぞれの"思い"がある

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副店長の田島健二さん(写真:筆者撮影)

2018年の冬に大雪が降った際のエピソードも披露してくれた。天井に貼ったネットにも雪が大量に積もった。重みでワイヤーが切れないよう、安全対策としてネットを下げたところ、お客さんが「新宿バッティングセンターが倒壊した!」とツイッターに投稿。約2万6000ツイートもされたという。田島さんは笑顔で当時を振り返る。

「本人も悪気はなくて、驚いて勘違いしてしまったのでしょう。そのツイートを見たお客さんたちから、心配する声が続々届いてうれしかったですね」

お店がいかに愛されているかが伺える。

再び村山さんに話を聞く。新宿バッティングセンターは今後、どのようなお店や、歌舞伎町でのあり方を目指していくのだろう。村山さんは、特別なことや新しいことをするよりも、変わらない部分をいかに守っていくか、だと話す。

野球は子どものためにある

新宿バッティングセンターの外観(写真:筆者撮影)

「ここはいつ来ても同じ、だからまた来たくなるんだよ、と言うお客さんがたくさんいます。増税とか、電気代やボールの値上げに合わせて、最低限の値上げをしなければいけないときはあります。バッティングセンターのあるべき姿として、納得できる範囲の変更もするかもしれない。けれど利益を追求して、急に100円値上げするとか、うちらしくないものを安易に導入するとか、そういうことはしたらダメだと思うんです」

新宿バッティングセンターが歌舞伎町のランドマークの1つになっているのは、先輩たちが努力して、歴史やブランドを築いてきたから。自分たちもバッティングセンターという業態やサービスに自信を持ち、変えてはいけない部分を守り続けたいと村山さんは続ける。

何より大きいのは、子どもたちへの思いだ。

「簡単に値上げなんかすると、そもそも子どもが楽しめなくなってしまいます。野球は誰のためにあるかというと、子どものためなんです。だから、お小遣いで遊びに来られる値段は守りたい。300円(1ゲームの料金)って子どもにとって結構な大金ですからね」

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子どもの頃から通い続け、大人になっても変わらず通う人はたくさんいるという。中にはプロ野球選手になった人もいるそうだ。「〇〇君」「〇〇ちゃん」と呼ばれていた子どもたちが成長する過程を、新宿バッティングセンターは見守り続けてきた。歌舞伎町という大人の街で営業をしつつも、子どもの目線を決して忘れないのは、少年少女たちによって支えられてきたからなのだ。

「これまで約40年、歌舞伎町で続けさせてもらいました。まずは100年を目指して、あと60年がんばっていきます」と、村山さんは目を細めた。

取材後、筆者は小銭を取り出して、110キロのバッターボックスに入った。小・中学校にかけて6年の野球経験がある。だが体力も視力も落ちたアラフォーのバットから、快音は2~3度聞こえただけだった。

こんなはずでは感の反面、楽しい気分になっていた。空振りを続ける同年代の男性に、親近感を覚えた。快音を放つスポーツマン風に、心の中で毒づいた。新宿バッティングセンターの夜は、まだ始まったばかりだ。

肥沼 和之 フリーライター・ジャーナリスト

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こえぬま かずゆき / Kazuyuki Koenuma

1980年東京都生まれ。ルポルタージュや報道系の記事を主に手掛ける。著書に『究極の愛について語るときに僕たちの語ること』(青月社)、『フリーライターとして稼いでいく方法、教えます。』(実務教育出版)。東京・新宿ゴールデン街の文壇バー「月に吠える」のオーナーでもある。ライフワークは愛の研究。

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