映画「天気の子」が体現したアニメ映画の新価値 ファンタジーからリアリティーへの転換

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まとめると、貧困・不自由・心配に溢れた閉塞社会(その象徴としての東京)を描くこと、そして、それを笑顔で快活に乗り越えていく少年少女を描くこと。もっとシンプルに青臭く言えば、これからの現実を生きる若者への応援こそが、『天気の子』に込められたメッセージだったのだ。

言い換えれば、この作品は、「ファンタジーからリアリティーへの価値転換」という、(メジャー)アニメ映画界における、劇的なパラダイムチェンジを、鮮やかな形で推進した映画と見ることができよう。

新海誠監督の最新作『天気の子』は全国東宝系で公開中 ©2019「天気の子」製作委員会

閉塞した現実を忘れさせるカタルシスを与える「ファンタジー価値」から、閉塞した現実をむき出し、直視させ、それを乗り越えるためのモチベーションを与える「リアリティー価値」への転換。

そう考えると、識者の言う「東京の閉塞・破壊」や「放射能」というテーマも相反せず包含できる。またこの作品が、ファンタジー・アニメの系譜でもありながら、昨年の『万引き家族』や今年の『新聞記者』などのリアリティー映画の系譜でもあると位置づけられる(なお私のこの連載ではこの両映画についても批評している。内容的に今回と共通するところがあるのでご一読いただきたい)。

天気の子が成功した要因

ただし『天気の子』には、雲の上(中)の映像美など、「ファンタジー」要素も含んでいる。つまりは、「価値転換」の途上としての「ファンタジーからリアリティーの両立」こそが、この作品の大きな成功要因だったのではないか。

だからこそ、『君の名は。』の続編を期待した層も、「リアリティー」という新しい価値に誘引された層も、両方とも満足させた結果、現在の大ヒットにつながっていると見るのだ。

最後に私自身の評価を書き添えれば、『天気の子』には、『君の名は。』よりも高得点をつけた。歳のせい(で「すれっからし」になったせい)か「ファンタジー」に身を委ねるのが、しんどくなってきたこともあろうが、同じく歳のせいか、健気に頑張る若者の姿には、理屈抜きに胸が熱くなることも加勢したと思う。

ということは、今後、そういう「リアリティー」価値に誘引されるミドル・シニア層の観客を継続的に上乗せできる可能性がある。そう考えると「ファンタジーからリアリティーの両立」に成功した映画=『天気の子』の未来は明るい。見渡す限り一点の雲もない快晴だ。

スージー鈴木 評論家

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すーじー すずき / Suzie Suzuki

音楽評論家・野球評論家。歌謡曲からテレビドラマ、映画や野球など数多くのコンテンツをカバーする。著書に『イントロの法則80’s』(文藝春秋)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『1984年の歌謡曲』(イースト・プレス)、『1979年の歌謡曲』『【F】を3本の弦で弾くギター超カンタン奏法』(ともに彩流社)。連載は『週刊ベースボール』「水道橋博士のメルマ旬報」「Re:minder」、東京スポーツなど。

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