トランプ大統領弾劾が不発に終わりそうな論拠 「ミュラー最終報告書」の証拠力は不十分

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民主党のジェリー・ナドラー下院司法委員会委員長は、この弾劾問題の行方を左右する超重要な議員だ。そのナドラー委員長は、6月5日、オハイオ州の公共ラジオ局WOSUが報じるところによると、「最終報告書」以上のことは何も語らないと示唆したミュラー氏について、「それでも議会証言を、何としてもさせる」と語ったという。

事実、ほかのメディアも、ナドラー委員長を含む民主党有力議員たちが、ミュラー氏に対する召喚状での証言を含めて検討していると、報じている。WOSU公共ラジオ局によると、トランプ大統領に対して、「偽証の罠」とも呼ばれる直接尋問の強制を執拗に狙ってきた経緯や理由についても、ミュラー氏が追及される可能性があるという。

下院司法委員会は、数では民主党議員が多いものの、共和党側には2020年の大統領再選時に、重要州となるオハイオ州のジム・ジョーダン議員やフロリダ州のマット・ゲイツ議員など、ミュラー氏の捜査を批判してきた論客議員が数多くいることも注目される。

ミュラー最終報告書の証拠力は不十分

民主党の弾劾手続きについて、カギを握るもう1人の人物がいる。ほかでもない、ナンシー・ペロシ下院議長だ。そのペロシ議長がトランプ大統領の訪欧中に、爆弾発言をしたとメディアが伝えている。「私はトランプ氏を刑務所に入れたい」という発言だ。その発言を受けてトランプ大統領は、ヨーロッパから、「ペロシ氏は大災害だ」と反撃している。

このペロシ議長の爆弾発言の背景には何があるのか。同時期に、発刊された『ビジネスインサイダー』誌のネット記事によると、ミュラー氏の狙いは2つ。1つは弾劾手続きで、もう1つは大統領引退後、トランプ氏を刑事訴追することだという。この刑事事件化は、法的・客観的に言って、まず無理だと言える。それはなぜか。

繰り返しになるが、バー司法長官とローゼンスタイン司法副長官の合議によって出された、3月24日付の「司法長官レター」の中で、「連邦刑事訴追の原則を適用して、刑事訴追すべきかどうかを、ロッド・ローゼンスタイン副長官と協議して、次のような結論に至った。すなわち、特別検察官の捜査中に集められた証拠は、大統領が司法妨害の罪を犯したと確定するには、十分ではない」という文章があるからだ。

とくに、ローゼンスタイン司法副長官の存在が大きい。同副長官は、長期にわたる任期を多様な業績を上げた仕事人として通し、5月11日に辞任しているが、3月24日段階では、現役の司法副長官として、バー司法長官との合議に加わり、司法妨害に基づく刑事訴追に関する証拠不十分に関して同じ意見を表明している。

さらに、同副長官は過去2年間、ミュラー特別検察官の捜査ぶりを見てきている。法律の専門家として、総合的に「ミュラー最終報告書」の証拠力を判断できる最適な人物である。

実は、バー司法長官もローゼンスタイン副長官も、トランプ大統領に任命されている。その点では、利害が対立すると判断する評論家もいる。だが、ミュラー特別検察官が、みずからの「最終報告書」の証拠価値を自己採点することこそ、自画自賛として、利害対立の最たるものだ。しかも、今回の記者会見で、民主党寄りのバイアスを、各方面から批判されている。

そもそもトランプ大統領と徹底的に対立するミュラー氏を選任し、ミュラー氏の一挙手一投足を、直接の上司として長期にわたり監督してきたのはローゼンスタイン司法副長官である。その副長官が合議・同意した「司法長官レター」は、ミュラー最終報告書の証拠力の不十分さに関する、司法省の監督官庁としての権威ある解釈としての正当性が非常に高い。

法的ルールとして、ミュラー氏は、あくまでも司法省の内で捜査・報告したのであって、議会のために仕事をしたのではない。「ミュラー声明」をいくら出しても、大統領弾劾は、論理的に無理である。さらに、今後、あらゆる検察当局は「司法長官レター」の存在を、将来にわたって、尊重しなければならない、

結論として言えることは、トランプ大統領に対する弾劾手続きと、大統領引退後の刑事訴追という刑事事件化は、非現実的になったと理解していいということだ。トランプ大統領にとっては、晴れて国内外で「アメリカ・ファースト」の政治と交渉に、自信満々で集中することができるというものだ。

湯浅 卓 米国弁護士

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ゆあさ たかし / Takashi Yuasa

米国弁護士(ニューヨーク州、ワシントンD.C.)の資格を持つ。東大法学部卒業後、UCLA、コロンビア、ハーバードの各ロースクールに学ぶ。ロックフェラーセンターの三菱地所への売却案件(1989年)では、ロックフェラーグループのアドバイザーの中軸として活躍した。映画評論家、学術分野での寄付普及などでも活躍。桃山学院大学客員教授。

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