がん早期発見に劇的進歩もたらす新技術の正体 リキッドバイオプシーへの大きな期待と不安

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従来、がん細胞を採取しようとすれば、白血病など一部の悪性腫瘍を除き、手術や生検などの侵襲的な処置が必要だった。患者の全身状態が悪ければ、手術や生検は難しい。

ところが、リキッドバイオプシーで求められるのは基本的に採血だけだ。従来の方法と比べて、はるかに低い侵襲で大きなデータを入手できる。血液検査であれば、どこでもできる。この検査が普及すれば、へき地に住む患者でも、地元のクリニックで検査を受けることができる。

一方で、リキッドバイオプシーを実施するためには高度な技術が必要だ。血液中を循環する腫瘍細胞および腫瘍細胞由来のDNAなどの物質は、ごくわずかだからだ。腫瘍細胞の場合、通常1mℓの血液中に10細胞以下だ。従来の技術では検出できなかった。これを可能にしたのが、近年のゲノムシークエンス技術の進歩だ。

現在の技術では、数コピーのDNAでも検出可能だ。10mℓの採血をすると9000コピー程度のDNAを採取できる。この中に0.01~0.1%程度のがん由来のDNAがあれば、それを検出できる。

そして、近い将来には、シークエンス技術の進歩で、この程度のDNAさえ確保できれば、がん細胞の一部の遺伝子情報だけでなく、全ゲノムを解読してしまうようになるだろう。

アメリカでの実験では検出率がほぼ100%

現在、世界中の企業がリキッドバイオプシーの技術開発にしのぎを削っている。近年の研究では、がん患者の70~80%程度で血液から充分な量のがんDNAを抽出できることがわかっている。リキッドバイオプシーのシークエンスの結果は9割程度でがん組織と一致する。

すでに、いくつかの興味深い研究成果が報告されている。アメリカのジョンズ・ホプキンス大学の研究者たちは、昨年1月にアメリカの科学誌『サイエンス』に自らが開発した”CancerSEEK”と呼ばれるリキッドバイオプシーの研究成果を公表した。

結果は驚くべきものだった。肝臓がんや卵巣がんなど血管が豊富な組織で発生したがんでは、ステージ1でもほぼ100%が検出できた。これは現行のがん検診をはるかに上回る。乳がんや食道がんでの検出感度は悪かったものの、すべてを合計して検出率はステージ1で43%、ステージ2で73%、ステージ3で78%だった。

ステージ2とは、がん細胞が粘膜下の筋肉層に到達しているが転移はなく、多くは手術で治癒するものだ。つまり、採血をするだけで、手術によって治癒が期待できる早期がんを見つけられる。胃がん検診で必要なバリウムや胃カメラを飲んだり、肺がん検診で必要な胸部X線検査を受けたりする必要はない。手間をかけずに早期がんを検出できる。

この技術は開発途上だが、企業の鼻息は荒い。技術開発の筆頭を走るのは、シリコンバレーのグレイル社だ。ゲノムシークエンスの最大手のイルミナ社から2016年にスピンアウトした。

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