少年刑務所で9年間教えた作家が見た「心の中」 奈良の刑務所で出会った少年たちの"本質"

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先生、ぼく、話したいことがあるんですが、いいですか

自分からそんなことを言い出すなんて、それだけでも驚きだった。「どうぞ、どうぞ」とうながすと、どもりながらつっかえながら、こんなことを言ってくれた。

ぼくのおかあさんは今年で七回忌です。おかあさんは身体が弱かった。けれども、おとうさんはいつもおかあさんを殴っていました。おかあさんは、亡くなる前に病院でぼくにこう言ってくれました。『つらくなったら空を見てね。わたしはそこにいるから』。ぼく、おかあさんのことを思って、この詩を書きました

胸が詰まった。たった1行の詩の向こう側に、こんなつらい思い出があったとは。

すると、受講生から次々に手が挙がる。

ぼくは、Aくんはこの詩を書いただけで、親孝行やったと思います

Aくんのおかあさんは、きっと雲みたいに真っ白で清らかな人だったんじゃないかと思います

きっと雲みたいにふわふわでやわらかい、やさしい人だったと思います

次々にあふれくる受講生たちの言葉。そのやさしいこと。まだ幼くておかあさんを助けてあげられなかったことを悔やんでいるAくんに、なんとやさしいことばをかけてくれるのだろうか。

この子たちが、殺人などの恐ろしい罪を犯したなんて。なぜそんなことをしてしまったんだろう。そう思わずにはいられなかった。

傷つく前の自分に戻ればいいだけなのだ

最初は奇跡だと思った。でも違った。固く閉ざしていた心の扉を開くと、あふれ出てくるのは例外なくやさしさだった。惜しげない、いたわりの気持ちだった。どんなに重い罪を犯した人間でも、心の中にあるのはやさしさなんだと思った。

それを発揮できない心の傷があって、犯罪にまで追い詰められてしまうのだ。刑務所に入ったからと、いままでの自分を捨てて、新しく真人間に生まれ変わる必要なんかない。傷つく前の自分に戻ればいいだけなのだ

生まれたての心は誰もがまっさらで、やさしさに満ちているのだから。それが人間の本質なのだから。彼らは、わたしにそう思わせてくれた。

『あふれでたのは やさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

そんなことが、次から次に起きる授業だった。この驚きをみんなに知ってもらいたいと二冊の詩集『空が青いから白をえらんだのです 奈良少年刑務所詩集』 (新潮文庫)『世界はもっと美しくなる 奈良少年刑務所詩集』(ロクリン社)を出版した。

しかし、詩は苦手、という人も多い。もっと読みやすい本を、という声に応えて、『あふれでたのは やさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』を書いた。

足かけ10年で出会ったさまざまな少年のこと、教室で起きた奇跡のような出来事、わたしたち自身が癒され成長してきた軌跡。そして、わたしが体験した驚きを、この本のなかで、あなたにもぜひ体験してほしいと思う。

PROFILE
寮美千子(りょう みちこ)/東京生まれ。 2005年の泉鏡花文学賞受賞を機に翌年、奈良に転居。2007年から奈良少年刑務所で、夫の松永洋介とともに「社会性涵養プログラム」の講師として詩の教室を担当。その成果を『空が青いから白をえらんだのです 奈良少年刑務所詩集』(新潮文庫)と、続編『世界はもっと美しくなる 奈良少年刑務所詩集』(ロクリン社)として上梓。『写真集 美しい刑務所 明治の名煉瓦建築 奈良少年刑務所』(西日本出版社)の編集と文を担当。
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