人口28人の集落で「ハラール食品」を作る事情 静岡・万瀬がインドネシア人一家を迎え入れ

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父親として家族ビジネスを率いるのは、残留日本人兵を持つ日系3世のディファン・スルヤディさん。約20年前に来日して永住権を取得した。4世の子どもたちは、日本語が達者で、食事会では笑顔を振りまいていた。言葉の問題をクリアしていることが大きいのだろう。宗教やそれに伴う食文化は異なるが、誠実さや心遣いなど通じる気持ちがある。

平野さんは「今は外国人だからと毛嫌いする時代ではない。労働力の不足で日本としても関わりが増えていく。新たな試みとして、過疎に悩む周辺の地域にもいい影響を与えるのではないか」と今後の展開に期待する。

インドネシア人観光客の呼び込みにも

インドネシア人一家が使う食品加工場の賃料は、月1万5000円と破格。一家は「設備の整ったすばらしい施設を使わせてもらえるのはありがたい」と感謝する。住民にとっては、施設が有効利用され、わずかでも賃料収入があり、雑草刈りや道の整備など維持に手間のかかる集落に少しでも人手が増えるメリットもある。

取材で感じたのは、インドネシア人一家のハングリー精神だ。3人兄弟でそれぞれがプログラミングやデザイン、調理といった技能を生かし、加工場で製造したハラール食品を、インターネットを通じて販売し、将来的には大手食品チェーンにも卸したいと意気込む。インドネシア人観光客も呼び込み、地域の活性化にも貢献したいという。

兄弟の1人、ディマスさんは「ハラール食品と書かれていても、実際にしっかりと宗教的な決まりを理解して管理されているかどうか信用できないという厳格な信徒は多い。イスラム教徒である私たち自身が製造するのが強みだ」と、山村でのハラール食品の製造販売に商機はあると読む。

杉山さんは、「行政は山間地を邪魔な地域と捉えている場合も多い。自分たちの手で田舎を変えていくしかない。日本人だけでは、田舎は立ち行かなくなっている。インバウンドの経済効果は、数十倍の規模があり、外国人の力も借りて、これを取り込んでいかないと生き残れない」と気を引き締める。インドネシア人一家を呼び込んだのには、山村の衰退に危機感を抱く住民たちの切迫した事情があった。

4月1日に施行する改正出入国管理法により、外国人労働者が大幅に増えることになる。すでに首都圏の飲食店やコンビニでは外国人従業員が活躍し、その波は地方にも押し寄せている。介護や外食、農業、建設などの産業では人手不足が深刻だ。静岡の山奥にある寒村での試みは、過疎化対策としても、外国人の力を借りた先駆け的な取り組みの1つとなりそうだ。

池滝 和秀 ジャーナリスト、中東料理研究家

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いけたき かずひで / Kazuhide Iketaki

時事通信社入社。外信部、エルサレム特派員として第2次インティファーダ(パレスチナ民衆蜂起)やイラク戦争を取材、カイロ特派員として民衆蜂起「アラブの春」で混乱する中東各国を回ったほか、シリア内戦の現場にも入った。外信部デスクを経て退社後、エジプトにアラビア語留学。ロンドン大学東洋アフリカ研究学院修士課程(中東政治専攻)修了。中東や欧州、アフリカなどに出張、旅行した際に各地で食べ歩く。現在は外国通信社日本語サイトの編集に従事している。

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