メルケル首相を一気に追い詰めた逆風の正体 ドラマさながらのメルケル追い落とし劇

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シュパーン氏は38歳と最も若く、移民・難民問題では最も強硬なスタンスをとっている若手の旗頭だ。

シュピーゲル・オンラインの世論調査によれば、ドイツ国民の多数はメルツ氏の党首就任を望んでいるが、CDU党員が氏の10年近い政界空白期間と反メルケル的スタンスをどう評価するか未知数である。メルケル氏から見れば、メルツ氏が党首になれば最悪であり、連立の組み換えもありうる。シュパーン氏が選ばれても路線の転換と連立の組み換えが排除されない。最も安泰なのはクランプ=カレンバウアー氏であり、シナリオどおりに首相任期を全うできるであろう。

考えられるシナリオ

ドイツ基本法(憲法)では議会による連邦首相の不信任については、厳しい条件があり、多数で新しい首相を選出する見通しがなければ不信任動議を提出できないことになっている(67条)ので、現在の各党勢力を勘案すればこの可能性はないであろう。

これとは別に、首相自ら信任を問うこともできるが、これが多数で否決されれば、別の首相が多数で選ばれないかぎり議会は解散される(68条)。しかし、党勢が低迷するCDUの現状に鑑みれば、選挙を視野に入れて首相が信任を問うことはリスクが大きすぎ、このオプションも考えられないであろう。

そうだとすれば、選挙が行われる唯一の可能性は、メルツ氏かシュパーン氏が党首に選ばれることだ。両氏のどちらが党首になっても、SPDが早晩、連立から離脱することは確実だ。その結果、大連立がなくなり、連立の組み換えが起きるだろう(ありうるのはCDU/CSU、緑の党、FDP〈自民党〉のジャマイカ連合。党のシンボルカラーがジャマイカの国旗と同じであることから、そう呼ばれている)。しかし、その連立でも交渉が難航することが予想される。議会において多数で首相が選ばれない事態になれば、基本法63条によって大統領が議会を解散することになる。

ちなみに10月30日シュピーゲル・オンラインの記事によれば、SPDの前党首であるシグマー・ガブリエル氏は、①大連立の解消とメルケル首相の早期退陣が遅くとも来年5月の欧州議会選挙後にも起こりうる、②現立法期間内の連邦議会選挙はなく、ジャマイカ連合(CDU/CSU、緑の党、FDP)の成立を目指す政局が起きると、語っている。

当面の焦点は、12月7日のCDU党大会である。ここで誰が党首に選出されるかによってドイツ政局は一気に緊張コースをたどる可能性がある。野党の緑の党とAfD以外は、任期中の選挙を望んでいないとみられるので、たとえSPDによる連立解消があったとしても、ガブリエル氏の言うとおり、選挙なしの連立の組み換えが来年のどこかで起こる可能性が排除されない。

今後、CDUがメルケル流の調整型政治を乗り越え、ドイツ・ファーストを主張しない健全な保守主義と自由で民主的な世界秩序(リベラルオーダー)の堅持ができるか否かが、ドイツと欧州の命運を左右することになるであろう。

神余 隆博 関西学院大学教授、元駐独大使

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しんよ たかひろ / Takahiro Shinyo

1950年生まれ。大阪大学法学部卒。外務省で、ドイツやドイツ周辺国で長く勤務。国連代表部大使を務めた後、2008〜2012年ドイツ大使。2012年から現職。

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