年中無給も!ファンドの大量解約続き7万人近い人材が漂流

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 「ヘッジファンド業界は淘汰の時代に入った。現在の半分から3分の1に規模が縮小するだろう」。10月28日、米マサチューセッツ州の講演会で飛び出した“予言”だ。ヘッジファンドの草分け的存在で「帝王」の異名を取るジョージ・ソロス氏の言葉である。9月のリーマンショック後にヘッジファンドの大量解約が起きていることからヘッジファンドを廃業する運用会社が後を絶たないだろう、というのがソロス氏の見立てだ。

米調査会社ヘッジファンド・リサーチによれば、6月末に1・93兆ドルあったヘッジファンドの運用総額が、大量解約と運用難でわずか3カ月後の9月末には1・72兆ドルまで落ち込んでいる。

運用資産50億ドル超の大手ともなると陣容は30人に膨らむが、そうしたヘッジファンドはほんの一握りだ。私募の形を取り、日本では49人まで、米国では99人までの投資家からしか資金を募れないため、運用資産5億ドル未満の“零細”ヘッジファンドが大宗を占めている。3人のファンドマネジャーにアナリスト、バックオフィスと呼ばれる事務方、それに営業マンの数人を加えた計10人というのがヘッジファンド運用会社の平均的な姿だ。ヘッジファンドの運用会社は世界にざっと1万社あるから、ヘッジファンドの業界人口は10万人と推計される。

ソロス氏の予言に従えば、このうち5万~7万人弱が職を失うことになる。通常ならば営業マンが真っ先に切られ、次はバックオフィスやアナリスト、最後にファンドマネジャーの順だが、環境急変で、今回は職種を問わず失職するリスクが一気に高まっている。

フローとストックにダブルパンチ

ヘッジファンドの最大にして唯一のウリは、独自の銘柄選択眼やカラ売りなどの金融技術を複数駆使して、どんな環境下でも運用資産の純増を目指す「絶対リターン」の追求である。TOPIXなどをベンチマークとし、それを相対的にどれだけ上回るかをモノサシにする従来型の投資信託とは、ヘッジファンドは一線を画している。

これまでは、年率2ケタの伸びもヘッジファンド業界では珍しくなかった。その資産純増分の2割を「成功報酬」として得るのが一般的で、それを社内で分配する。事務的な職種で運用成績と無関係なほど年俸の業績連動部分は小さい一方、高い運用成績が求められるファンドマネジャーは業績連動部分が年俸のほとんどだ。

ところが、金融混乱による株式相場の低迷で、9~10月のわずか2カ月間で3割も運用資産が目減りしたヘッジファンドが少なくない。3割の資産の目減り分を回復するのに今回は3年かかるだろう、というのが業界内での一致した見方だ。

ファンドマネジャーの多くは資産の目減り分を回復するまで「当然、タダ働き。だが、預かった資産を減らしておいて、顧客に『つらい』とは言えない」(あるファンドマネジャー)。そればかりか、ファンドマネジャーの多くは、自己資産を自分のファンドに突っ込んでいる。覚悟を示し、投資家からの出資を募るためだが、運用資産の目減りは直ちにファンドマネジャーの自己資産の目減りにつながる。つまり、運用資産の目減りは、ファンドマネジャーのフローばかりか、ストックにも響いてくる。

しぼむ雇用機会 転職もままならず

ヘッジファンドはもともと流動性の高い業界だ。米投資銀行で好成績をたたき出したトレーダーが金主を見つけて起業するなど、ヘッジファンド業界には金融ベンチャーが多い。今回のような金融混乱がなくとも、全体の2割は3年で廃業、1年間で数百社が入れ替わる。

世界的な金融緩和を背景にカネ余りが続いた07年までは、ファンドマネジャーは運用に失敗しても、新たな金主を容易に見つけられたし、最悪でも投資銀行に出戻ることができた。たとえば、日本株専用ファンドの運用成績は3年以上マイナスで、リーマンショックを待たずして2006年に淘汰が始まっていたが、当時は投資銀行への返り咲きがまだまだ容易だった。

ところが今回は極端な金融混乱の影響で、ファンドを畳んだところで新たな金主が見当たらないために、ヘッジファンドを立ち上げるのは簡単ではない。元のさやに収まろうにも、投資銀行はリストラの真っ最中である。たとえば米ゴールドマン・サックスは通常、年5%の人員を削減しているが、今年はさらに1割の追加削減を実施済みであるもようだ。

人材コンサルティング会社、エグゼクティブ・サーチ・パートナーズの小溝勝信代表取締役によれば、「本来ならば年末年始は外資系金融の転職シーズンなのに、今回は案件自体がほとんどない。例外的に好成績を上げているヘッジファンドの一部や不動産・M&A関連会社の一部にはなお採用の話はあるが、数は限られている。金融業界でガンガン採用しているのは個人富裕層向けビジネス。ヘッジファンドで培ったノウハウを富裕層向けに生かせる人材なら転職の可能性は大いにある」。

しかし、そこまで器用な人材もまた限られる。ヘッジファンド関係者の多くは再就職に窮し、次の採用ピークと言われる09年末から10年初に賭けるしかないが、1年後に職を得られる保証はどこにもない。

(週刊東洋経済)
(写真:(c)ASEAN-Japan Centre)

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