世界レベルで「大学が崩壊している」根本原因 研究機関は本来、天才を「飼っておく」場所だ

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佐藤:それは必然の帰結です。合理主義・啓蒙主義に走り、神への奉仕を捨てたあとの大学自治の根拠は、藤本さんもおっしゃったように「国家の介入を拒否し、自由に研究活動を展開したほうが、国や社会に大きなメリットをもたらせる」とならざるをえない。政府とウィン・ウィンの関係を築くことで、特権を維持しようとしたわけです。

佐藤 健志(さとう けんじ)/評論家、作家。1966年、東京都生まれ。東京大学教養学部卒業。戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』(1989年)で文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を受賞。『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋、1992年)以来、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。主な著書に『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)、『右の売国、左の亡国』(アスペクト)など。最新刊は『平和主義は貧困への道』(KKベストセラーズ、9月15日発売予定)(写真:佐藤 健志)

しかしこれは「現世を超えた価値への奉仕」を、「現世的価値への効率的な奉仕」に置き換えている。国家は現世を支配する以上、こうなるとハイデガーへの道は不可避です。「学問が発展すれば、国も社会も発展する。大学自治が重要なのは、そのような発展を効率的に推進するためだ」と主張したら最後、国家の介入は(論理的に)拒否できても、国や社会、ないし民族への奉仕は拒否できません。

自発的に奉仕するから、奉仕を強制しないでくれと構えることができるだけ。ナチズムへの積極的加担こそ、大学の自己主張だという話になるのもうなずけます。

近年の大学改革も、実は同じ論理に基づいています。大学の存在価値は何か? 産業競争力を高めるような研究を行い、「グローバル人材」を育成することである。そうやって国の発展に貢献してもらうのだ。よって理系とビジネスの学部があれば十分、人文系はどうでもよろしい。ついでに講義はできるだけ、「世界語」たる英語でやるべし!

短絡的な発想ですが、現世的価値への奉仕をどこかで否定しなければ、これに対抗するのは無理。信仰を失った知性は、実利と効率という魔神の前にひれ伏すことになるのです。

藤本:佐藤さんの指摘は「科学」の限界をどう考えるのか、ということにつながりますね。フランスの哲学者ジャン=フランソワ・リオタールに『ポスト・モダンの条件―知・社会・言語ゲーム』という著書があります。これは、一般的には「ポスト・モダン」について書かれたものとして知られていますが、実は、大学論としても書かれたものです。

このなかでリオタールは、大学が科学を発展させる場であることに着目すると同時に、哲学が担ってきた役割にも注目しています。「科学の発展」が「社会や国家の発展」に結び付くということが自明視されるためには、それを結び付ける「大きな物語」が必要であり、その物語を紡いだのが哲学である、というのです。たとえば啓蒙思想が代表的なものでしょう。

ところが、科学が発展し、科学的な合理主義が肥大化していくと、科学を支えてきた「大きな物語」は、根拠に欠けた単なる寓話でしかない、ということが暴かれるようになる。科学が、自身の足場を切り崩し、哲学的な知が弱体化していった。そうした状況をリオタールは「ポスト・モダン」という言葉でとらえたわけです。そしてこれは、「近代の大学の理念の解体」のプロセスに関する説明にもなっています。

第2次産業革命が招いた大学の「変革」

中野:私見ですが、近代の大学が「科学の発展から社会の発展へ」というように変化してきた背後には、啓蒙思想の影響以外に社会的な要請があったと思います。

『富国と強兵』という本を書いていたときに感じたのは、「大学で研究するような基礎科学が国力や経済力にダイレクトに影響するようになったのは、第2次産業革命以降の話ではないか」ということです。

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