勧告を無視して誘拐された人を助けるべきか 「救出とお金の問題」を行動経済学から考える

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たとえ退避勧告を無視したのだとしても、現に誘拐されている人がいる以上、「助けてあげたい」と考えるのは人情である。また国家の責務は国民の生命や財産を守ることにある。費用にもよるが「巨額でなければ払ってもいい」と考える温かい心を筆者は持っているつもりだ。しかし、筆者の冷たい頭脳はそれを認めない。なぜならば、それを認めてしまうと、次からも退避勧告を無視する人が続発する可能性があるからである。

「モラルハザード」をどう考えるか

たとえば大学の単位認定の話で考えてみよう。筆者は大学の教員であるから、試験勉強をせずに単位を落として卒業できなくなる学生を毎年見ている。ときには「一流企業への就職も決まっているんです。先生の単位だけいただければ卒業できるんです」と泣きつかれることもある。そんなときは、冷たい頭脳の命じるままに断るしかない。

もちろん、温かい心で単位を出すことは容易である。だがそんなことをしたら、翌年の4年生はそうしたことを聞きつけて誰も勉強しなくなってしまうかもしれない。1人を甘やかすと、みんなが甘えるようになるので、甘やかしてはいけないのだ。

モラルハザードという言葉がある。さまざまな意味があるが、その1つに「保険に加入すると脇が甘くなる」といった意味がある。盗難保険に加入すると、鍵をかけたか否かを確認するのが甘くなる、といった問題である。

筆者の試験も政府の誘拐被害者救出も、少し似たような事象である。極端な事例だが「鍵をかけずに盗難に遭っても保険会社が何とかしてくれるから、鍵をかけない」「勉強しなくても塚崎(筆者)は単位をくれるだろうから勉強しない」「危険地域で誘拐されても政府が救出してくれるだろうから危険地域へ行く」といった人々の「望ましくない行動」を誘発してしまいかねないのだ。ただ「もし、危険地域で誘拐され、たとえ政府が救出してくれなくても、地域の実情を知らせるためには大事だ」と考えて行動する場合など、厳密にはモラルハザードの問題として同じように論じられない部分があることも確かだ。

さて、ここまで渡航者の危険地域への渡航を誘発してしまう話をしてきたが、誘拐の場合はいまひとつ重要な問題がある。

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