彼らはなぜタイに「墜ちた」と揶揄されるのか

バンコクコールセンターで働く日本人の実態

生きづらい日本を離れ、タイの首都バンコクに身を移した彼ら、彼女らの実態とは(写真:Suwin / PIXTA)
日本から飛行機で約7時間。東南アジア主力都市の一つ、タイの首都バンコクでは、現地にあるコールセンターで多くの日本人が働いている。といってもコールセンターは東京に本社を置く日本企業のそれで、働いている日本人は日本語で電話に応対し、業務内容も日本のコールセンターと変わらない。
そこには日本社会のメインストリームから外れた、もう若くはない大人たちが集まっている。非正規労働者、借金苦、風俗にハマる女、LGBTの男女――。生きづらい日本を離れ、行き着いた先にあるのは何か。フィリピン在住のノンフィクションライター、水谷竹秀氏が、成長を止めた日本のもう一つの現実を描いた新著『だから居場所が欲しかった。バンコク、コールセンターで働く日本人』から一部を抜粋する。

一日500円で生活

バックパッカーとみられる欧米人観光客の若者たちで辺りはごった返していた。夜更けのバンコク、カオサン通りは歩行者に開放され、欧米人たちは瓶ビールを片手に談笑している。

微風が涼しげに吹く2016年2月のある晩。つい最近の寒波の影響だろうか。タイでは珍しく、Tシャツ一枚だけだと少し肌寒いぐらいだ。常夏の南国には似つかわしくない。

カオサン通りとはバンコク中心部からやや西に位置し、バックパッカーの聖地として知られる全長約300メートルの通りだ。私がここを初めて訪れた1990年代後半はゲストハウスたが立ち並び、ザックを背負った世界各国の若者たちがそぞろ歩いていた。20年近く経った現在、しゃれた吹き抜けのバーやクラブがひしめく繁華街へとすっかり様変わりし、まるでサッカーワールドカップのサポーターが集まっているかのような人いきれでむせ返っていた。

そんな喧噪に包まれた通りを歩いて行くと、ちょうど中央辺りに1軒のこぢんまりしたバーが現れる。4階建てのビルの一階に入居するそのバーの入り口で、吉川誠(34、仮名)はターンテーブルを両手で素早く動かし、ハウスのリズムに合わせて体を小刻みに上下させていた。私が彼の方へと近づいて行くと、視線が合った瞬間、吉川は、「うわあ! 来て下さってありがとうございます」とハスキーな声を出し、満面の笑みを見せた。

わずか8席のカウンターしかない小さなバーである。隣では欧米人の若い男女3人が、プラスチック製の容器に注がれたビールにストローを3本さし、回し飲みしていた。

「去年の10月半ばからここで働いています。前はもっと出勤日が多かったんですけど、今はタイ人女性のDJと働く日を調整してやっている感じですね。ちゃんと仕事としてやっています。副業は会社の規定違反なんですけどね」

私がこれまで知っていた吉川とは異なり、この日はいつになく陽気だった。まさかこのカオサン通りで彼がDJをすることになるとは予想だにしていなかったが、目の前の吉川は、異国の地で着実に自分の立ち位置を確立させているように見えた。

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