知識はあるが勇気のない、日本の「人格者」 山折哲雄×上田紀行(その5)

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末法、終末の体験が起死回生のエネルギーを生み出す

山折:ひとつの提案は、これ、危険なんですけどね。「科学は国を越えるけれども、科学者は国を越えることはできない」とよく言いますが、科学も科学者も国を越えてしまったほうがいいのかもしれない。完全なグローバリゼーションですよ。そうすると危機感が深まる。

上田:確かに深まります。

山折:そういうところまでいかないと、逆に自己自身に本質的な視線が向かわない。それは西洋では世紀末という形で経験してきている。終末論と言ってもいい。

われわれにはかつて末法論があった。末法思想というのは、まさに13世紀だったわけです。それが起死回生のエネルギーを生み出した。やっぱりいくところまでいって、新しい末法、終末を体験しなければ気がつかない。

上田:1945年に体験したんじゃないんですかね。

山折:あれは結局、救われたんですよ。天皇制も救われたし、新しい民主主義という価値観が入ってきたし。そして経済発展でしょう。お隣の朝鮮戦争をバネにして、うまいこと救われちゃったんだ。

上田:もし朝鮮戦争がなかったら……という話をしても無意味ですが、もう少し終末が長引いていたら、どうにかなっていたかもしれないですね。

山折:そう。あのときの飢餓世代が。それで少し持続力がついた。われわれの世代だけどさ。

上田:やっぱり神風が吹いているんだなあ。いや、神風と言ってはいけないですが。

日本が南方文化圏の同盟を組むという構想

山折:日本列島がちょうどいい地政学的な位置にあったということか。最近、私は日本の文化を支えている2つの柱があると言っている。ひとつは、中国文明の影響を受けた儒教や価値観に基づく階層社会、階級社会、氏族社会。それがずっと政治の中心を担ってきた。平安貴族政権、鎌倉・江戸の武家政権ね。

山折哲雄(やまおり・てつお)
こころを育む総合フォーラム座長
1931年、サンフランシスコ生まれ。岩 手県花巻市で育つ。宗教学専攻。東北大学文学部印度哲学科卒業。駒沢大学助教授、東北大学助教授、国立歴史民俗博物館教授、国際日本文化研究センター教 授、同所長などを歴任。『こころの作法』『いま、こころを育むとは』など著書多数

もうひとつは、黒潮に洗われた南方文化圏の影響です。これに司馬遼太郎がずっと注目している。薩摩がそう、土佐がそう、瀬戸内がそう、房総がそう。この辺に中央の文化圏とは違ったすごいリーダーが出ています。西郷隆盛、坂本龍馬、高田屋嘉兵衛、そして日蓮……。これは、黒潮文化圏と呼べるだろう。

この黒潮文化圏の文化意識、あるいは政治意識が、中央の階層的な儒教的氏族社会に異議申し立てをした。これが明治維新なんですよね。

そうすると、われわれが今、やはり考えなければいけないのは、中国・韓国に対して、南方文化圏を結ぶ文化の同盟を組むこと。沖縄から台湾、インドネシア、インドにいたるまでの帯状の文化圏は、仏教文化圏でもある。柳田邦男が『海上の道』(岩波文庫)で言っていることとも重なる。そういう構想はどうかね。

上田:楽しいです。私、南方が好きですから(笑)。それはある種、目に見える秩序と目に見えないエネルギーのどちらを、生き方の中心に据えるかという問題でもありますね。氏族とか長幼の序とかの秩序を重んじ、科挙から受験戦争に至るまで序列づけの秩序にこだわってきたわけだけど、それだけでは元気が出なくなってしまったわけですよね。やっぱり、こっちのほうが楽しそうだとか、沸き立つようなものの欠乏があるのかもしれない。そこで南方的なものの復権が求められていると。

また、最初の話に戻りますが、「三無主義」「スクールカースト」「サトリ世代」なんて言って、早く悟っちゃうのは面白くない。もう一発、エネルギーを高めたところで悟らないと。

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