知識はあるが勇気のない、日本の「人格者」 山折哲雄×上田紀行(その5)

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山折:ただ、私は冷めた「サトリ世代」に、もしかしたらという希望があるんですよ。金儲けなんかどうでもいい、ブランド品にも目を向けない、車も乗らなくていいや、恋愛に対して淡泊というのはようわからんが、そういうものが無用の世界から隠者的な連中が出てくる。

13世紀以降、隠者の文学、隠者の思想がだんだん出てきた。ある時代には青テント世代、バックパッカーがそうだった。そういう連中が、何か新しい価値観を生み出してくれるのではないかという期待があります。

「サトリ世代」は社会をよくしたい

上田:「サトリ世代」は人にはむちゃくちゃ優しいですよ。それと、すごく両極化している。パワーはあまり感じない子と、ボランティアや社会起業をしてやたら貢献したがり、金儲けはつまらない、それだけじゃ面白くないという子。

上田紀行(うえだ・のりゆき)
東京工業大学リベラルアーツセンター教授
文化人類学者、医学博士。1958年、東京都に生まれる。東京大学大学院文化人類学専攻博士課程修了。愛媛大学助教授を経て、東京工業大学大学院准教授(社会理工学研究科価値システム専攻)。2012年2月より現職。『生きる意味』『かけがえのない人間』など著書多数。

この前、MITのスローンという有名なビジネススクールに池上彰さんと一緒に行ったときに、日本のいろんな企業から派遣されてきた人や、個人で留学した人と食事をしたのです。

MBAを取りにいく人たちの私のイメージは、20年ぐらい前のメンタリティを持った人でした。つまり、「日本にいたら同じ給料でコツコツ働かないといけないけれども、米国でMBAを取ったら億万長者になって、あとは遊んで暮らす」みたいなカネの亡者です。

でも、そこにいるほとんど全員が、「この社会をよくしたい」と思っていた。日本の企業にいて、毎日、与えられた仕事をやっていても世界をよくしていくことにはならない。ビジネスで成功はしたいが、まずは世界に変化を起こしてよくしていきたいんだと。

日本の企業では何をよくしていくか、よくしていくとは何なのかが問われていない。MITスローンに来たらそれがわかった。ここに立つと、世界を上から俯瞰しているようで、ここでこういう問題が起こっていて、これを変えたいというのが見えてくると。そういう人たちが集まっているのです。それはある種、さっきの南方的生き方ですよ。企業といった秩序のために行動するというのではなく、大海原から世界を見晴るかして行動するという。

たぶん、出来のいい人たちなんでしょう。違うビジネススクールでは、今でも金儲けしか頭にない人たちがたくさんいます。でも、MITスローンの人たちは、カネよりもとにかくビジョン。そして、みんな20代でした。そういう世代が現れているんだなあという印象を強く持ちましたね。

山折:ハーバードのイェンチン図書館に行ったときに、私はビックリ仰天しました。日本を中心としたアジアに関する文献がほとんどそろっている。あの膨大な文献をそろえているだけでもたいへんなエネルギーです。あそこに行けば、検索の仕方によっては全世界が見える。やっぱり、そういう場所を米国の大学はつくっていますよ。日本の場合、たとえば東大と比較しても、比じゃないような気がするな。

上田:先生、日文研のトップだったでしょう(笑)。日文研はそういう場所なんじゃないんですか?

山折:あそこは日本の文献だけです。世界の文献はそんなにそろっていない。わずか200年の歴史しかない米国が、あれだけの図書館をつくるというのは、いつも世界を見ている、そういう緊張感に包まれた200年間だったんだろう。

上田:日本はまだまだ着目される国であるにもかかわらず、日本人がいちばん日本人の潜在性に着目していないんですよね。

山折:そう。日本の文化、日本の価値観というものに。

上田:ただ、人文系の研究者は、本の虫になって自分でコツコツ研究していればよくて、それ以上の志を持っていなかったというのも、厳然としてある事実ですね。

山折:古典学は知識や教養の原点です。それが日本の古典学は、インド学や仏教学を含めて冷凍化しているうちに閉ざされていった。古典学が冷凍化したら食えるものじゃないです、そんなものは(笑)。

そして、猿学とテクノロジーと生命科学の挟撃に遭って、人文学の住むところがなくなってしまっている。3つの問いを失っている。

上田:確かに「自分とは何か?」「人間とは何か?」「日本人とは何か?」がわからない人文学って、何のために存続する必要があるのだろう(笑)。

山折:勉強したって、細分化されたつまらない分野の専門家になるだけだし。

上田:これからどうなるのですかねえ。書物は読まれなくなるし。この対談だってウェブに掲載するわけでしょう?(笑)。

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