「なぜ中国は途上国支援の主役に躍り出たのか」 コロンビア大学地球研究所所長 ジェフリー・サックス

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世銀はもうイデオロギーに支配されるべきではない

 中国政府の政策は、世銀の何が間違っているのかを明らかにしている。それは、世銀は貧困国に対しインフラなどの重要な分野で投資するのを支援するのではなく、むしろ基礎的なインフラを民営化するように強制したことである。

 世銀の失敗の原因は、レーガン米大統領とサッチャー英首相のイデオロギー的な偏向が政策に影響し始めた80年代初にまでさかのぼる。世銀は貧困国に対して公共投資や公共サービスの提供を削減するか廃止させようとした。その結果、アフリカでは何十年にもわたって農業生産性の向上が停滞してしまった。世銀は、医療制度、上下水施設、道路と電力の民営化も推し進めた。そのため、重要な部門で深刻な投資不足が発生したのである。

 極端な自由市場イデオロギーを推進した世銀は、中国などのアジア諸国の経済発展から何ら学んでいなかった。現実的な発展戦略では、民間投資を補完するために農業、医療、教育、インフラ部門での公的投資が必要である。ところが、世銀はそうした公共投資を民間主導の発展を阻害する敵と見ていたのである。

 極端な自由市場イデオロギーが失敗したとき、世銀はその責任を最貧国に転嫁した。世銀は、最貧国の政府が腐敗していたか、政策運営を間違えたか、指導力が欠如していたから失敗したのだとお門違いの非難を行ったのである。

 ウォルフォウィッツ総裁も、同じ間違いを犯した。彼は世銀の関心を最貧国のインフラ改善支援に向けさせるのではなく、貧困国の腐敗撲滅キャンペーンを始めたのである。しかし、同総裁の腐敗問題が明らかになったとき、当然のことながら彼の政策も支持を失ってしまった。世銀が存在意義を取り戻すためには、中国の指導者が主張しているように、優先的な分野で公共投資を行うための資金を提供することを重視する現実的な政策に戻るしかないのだ。

 アフリカ諸国が、世銀のように極端な自由市場イデオロギーにとらわれていない中国などから経済支援を得ることができるというのは、よいニュースである。AfDBの理事会に出席した多くのアフリカ諸国の政府は、インフラや農業の近代化、公的医療、教育に投資することで大胆な行動をとる意思があることを宣言した。

 ウォルフォウィッツ問題を契機に、世銀は目覚めるべきである。もうイデオロギーに支配されるべきではない。もしイデオロギーから解き放たれれば、世銀は再び大胆な世界経済のビジョンを提供できるようになるだろう。

(C)Project Syndicate

ジェフリー・サックス
1954年生まれ。80年ハーバード大学博士号取得後、83年に同大学経済学部教授に就任。現在はコロンビア大学地球研究所所長。国際開発の第一人者であり、途上国政府や国際機関のアドバイザーを務める。『貧困の終焉』など著書多数。

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