「医師とメディア人」二足のわらじを履く理由 あの英誌「ネイチャー」が選んだ日本人女医

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――子宮頸がんワクチンの副反応報告は、接種者338万人のうち2584人(厚労省調べ、2014年11月時点、累計)。一方で子宮頸がんの罹患(りかん)者数は年間1万人を超え、死者は3000人近くに上る。しかも、ここ数年で罹患者が増えているとして、WHOは3度にわたり警告を出し、うち2回は日本が名指しされた。

村中:実はこのワクチン接種は非常に痛いことで知られていて、副反応として報告されているものの多くは接種時の疼痛(とうつう)や接種部位の腫れだ。そのデータでは未回復は186人だが、「因果関係を問わない副反応」と自己申告のあったもの。仮に186人全員の症状が子宮頸がんワクチンによるものだとしても、発症率は0.005%だ。

守れる命を奪っている

一方、日本で認可されている4価ワクチンの効果は約60%。米国などで承認されている9価ワクチンなら90%以上が守られる。新しいワクチンと検診とを併用することで、子宮頸がんで亡くなる人を限りなくゼロに近くできる。ワクチンの目的は、感染症から本人を守るだけではない。感染を防ぐことで人にうつさない、それによって蔓延を防ぐということも大事な目的だ。接種率が上がれば、免疫不全などでワクチンを打てない人も守る、集団効果が期待できる。

ワクチンの問題を考えるときには、リスクとベネフィットのバランスが重要だ。

村中 璃子(むらなか りこ)/医師・ジャーナリスト。京都大学医学研究科非常勤講師。一橋大学大学院社会学研究科修了後、北海道大学医学部へ。WHO(世界保健機関)感染症対策チームを経て帰国。2015年『ウェッジ』誌で子宮頸がんワクチン問題のシリーズ記事を執筆。米ウォールストリート・ジャーナル紙に ”Stopping the Spread of Japan’s Antivaccine Panic (日本の反ワクチンパニック拡散を止めろ)”を寄稿。2018年2月に『10万個の子宮──あの激しいけいれんは本当に子宮頸がんワクチンの副反応なのか』(仮題、平凡社、予価税別1700円)刊行予定。(撮影:梅谷秀司)

日本は、「個」を重視する欧米とは対照的に、他人に迷惑をかけない、弱い人もみんなで守るという社会だったはず。その公共意識が、合理的根拠のない「不安」に駆逐され、守れるはずの命を奪っているのが今の状況だ。

――大学での講義は?

村中:京都大学医学部の大学院で、現役の医者や研究者を対象とした、科学ジャーナリズムの講義を任されている。医師や研究者同士であれば専門用語のほうが理解が早いが、一般の人々への窓口である記者にはまったく伝わらない。医学や科学の難しい問題をわかるように、かつ正しく伝えるにはどうしたらいいのか。記者の側と取材される側の両方をシミュレーションして考えてもらう。

子宮頸がんワクチン問題にも、科学コミュニケーションの質が大きな影響を与えている。医療情報、科学をきちんと正しく一般に伝えることは、医者、科学者としての務めであると同時に、メディア人の責務でもあると考えている。

小長 洋子 東洋経済 記者

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こなが ようこ / Yoko Konaga

バイオベンチャー・製薬担当。再生医療、受動喫煙問題にも関心。「バイオベンチャー列伝」シリーズ(週刊東洋経済eビジネス新書No.112、139、171、212)執筆。

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