年収300万円「非常勤講師」が苦しむ常勤の壁 20年で100以上の大学の公募に応募したが…

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話を聞く中で、ジロウさんはこれまで希望するポストを得られなかった理由を「運が悪かったからだ」と嘆いた。一方、別の場面では「運のせいにはしたくない」とも言う。私がそのことを指摘すると、揺れる心の内をこんなふうに語った。

「自分が選んだ道なので、運のせいにはしたくない。運のない、かわいそうな人だとは思われたくないんです。でも、これまで数えきれないほど屈辱的な目に遭ってきたのも事実。運で片付けないとやりきれない気持ちになることもあるんです」

学生らしい理想に燃えた日々は今も彼の中にある

ジロウさんからは、取材場所として東京・高田馬場界隈の喫茶店を指定された。そこから程近い早稲田大学の出身なのだという。その喫茶店はサークル活動や飲み会の後などによく利用した。店内の深紅のじゅうたんやレトロな装飾を見て、学生時代とほとんど変わっていないと喜び、大学の4年間を「人生の中でいちばん輝いていた時代。まさに青春でした」と振り返る。

高校までは受験勉強一色。大学に入ってからはサークル活動の一環で、地域の子ども会でのボランティアに明け暮れた。その中で、発達障害や児童虐待に関するリアルな問題に触れるうちに、生涯の研究テーマとなる児童福祉に興味を持ったのだという。

ジロウさんによると、当時のサークルには「セツルメント運動」の名残があった。セツルメントとは、もともとは宗教家や学生らによる貧民救済活動の一種。日本では1920年代に東京大学の学生らが関東大震災の被災地域などに出向き、さまざまな救済活動を展開したことで知られる。今でいうボランティア活動の走りでもある。学生らしい理想に燃えた日々は今も彼の中で色あせることがない。

コネ公募がまかり通る世界で、理想を追い求めても幸せが待っているとは限らない。しかし、いまやその理想こそがプライドを支える拠り所なのだ。現在も別の大学の選考結果を待っている。絶望の一歩手前。「実力」が評価される未来を信じている。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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