日本人が知らない「カズオ・イシグロ」の素顔 英国ではどう評価されているのか

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今でも音楽好きは変わっていないようだ。ピアノやギターを楽しむほかに、ジャズ歌手であるステーシー・ケントのために、ケントの夫でサックス奏者のジム・トムリンソンとともに数曲を共作。ケントのアルバムにも2度(2007年、2013年)、歌詞を提供している。

次々とヒット小説を生み出したイシグロ氏だが、あまり表には出たがらないタイプだ。街中を歩いていても、おそらく、多くの人が著名人であることに気付かないだろう。「自分はそれほど飛び抜けた人間じゃない。たくさんのアイデアを持っているわけでもない」とある新聞のインタビューで答えたこともある。本音だったかもしれないし、彼一流の謙遜だったのかもしれないが。

初期の小説には日本人が登場

1974年、ケント大学に入学し、1978年には文学と哲学の学士号を取って卒業。小説を書くことに1年ほど専念した後、イースト・アングリア大学に入り、1980年にクリエイティブ・ライティング(創作)の修士号を得た。処女作『女たちの遠い夏』(のちに『遠い山なみの光』に改題。原題は『A Pale View of Hills』)が王立文学協会賞を受賞するのは1982年である。

これまでに出版した長編小説は、英国に住む長崎出身の女性たちが登場する『遠い山並み』、戦前の思想を持つ日本人を描いた『浮世の画家』(1986年、ウィットブレッド賞受賞)、イシグロ氏の名を広く知らしめた『日の名残り』(1989年、ブッカー賞受賞)、コンサート・ピアニストが数々の偶然に出くわす『充たされざる者』(1995年)、『わたしたちが孤児だったころ』(2000年)、『わたしを離さないで』(2005年)など。最新作は『忘れられた巨人』(2015年)。短編も数作ある。

初期の小説には日本人が出てくるが、幼少時に日本を離れたイシグロ氏にとって、登場人物の設定などは「想像の産物」という(1989年、国際交流基金による短期滞在プログラムで来日し、大江健三郎との対談の中での発言)。

日本の文化では、1950年代を中心に活躍した映画監督小津安二郎(原節子を主役にした「晩秋」、「東京物語」など)や成瀬巳喜男(「めし」、「浮雲」など)の映画に影響を受けたことを認めている。

イシグロ氏は、1980年代初期に英国籍を取得し、1986年に元ソーシャルワーカーの英国人女性ローナ・マックドウガルさんと結婚。イシグロ氏は職業作家になる前には複数の職に就いており、ロンドンやスコットランドでソーシャルワーカーとして働いた経験を持つ。

夫人のローナさんは、仕事上のよき相談相手でもある。2年前に出版した『忘れられた巨人』では、書き始めて20〜30ページ分溜まったところで、夫人にアドバイスを募った。すると「『これはひどい。書き直すべき』と言われた。それも『ゼロから書き直すべきよ』と」(2015年のフィナンシャル・タイムズのインタビューより)。

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