「世界のホンダ」が復活するのは容易ではない

失われた革新力を取り戻す厳しい挑戦

FILE PHOTO: A unit for the i-DCD drive motor, the world's first electric motor for hybrid cars that uses no heavy rare earth metals, jointly developed by Honda Motor Co. and Daido Steel Co., is displayed at an unveiling in Tokyo, Japan, July 12, 2016. REUTERS/Issei Kato/File Photo

[東京 11日 ロイター] - ホンダ<7267.T>が復活への苦闘を続けている。かつてF1を初めとする数々の自動車レースを制覇し、燃費向上や環境技術でも業界の先頭を走った同社の輝きは、すっかり色あせた感がぬぐえない。

「世界のホンダ」は再びよみがえることができるのか。危機感を抱く八郷隆弘社長のもと、失われた革新力を取り戻す厳しい挑戦が始まっている。

過ぎ去った栄光の時代

1988年、三重県鈴鹿サーキットで開かれたF1日本グランプリ。ライバルだったアラン・プロストの追撃を抑え、トップでゴールインしたアイルトン・セナは、勝利のこぶしを突き上げて大観衆の歓声に応えた。後に伝説のレーサーと呼ばれたセナが、ワールドチャンピオンの座を初めて手にした瞬間だった。

接戦を演じたセナとプロストの車は、ともにホンダ製エンジンを積んだマクラーレン。この年に行われたF1世界選手権で、マクラーレン・ホンダは16戦中15勝という圧倒的な強さを見せつけ、「ドリーム・チーム」の評価を欲しいままにした。

レーストラックの外でも、ホンダの躍進は続いていた。1970年代、同社が開発したCVCCエンジンは、業界における燃料効率と排ガス浄化の水準を引き上げるきっかけとなった。

さらに、同社のエンジンがセナに数々の勝利をもたらしていた1980年代、「シビック」と「アコード」の登場は、米国のファミリーセダンのイメージを塗り替えるインパクトをもたらした。1997年にはカリフォルニア州のゼロエミッション基準を満たす電気自動車(EV)の「HONDA EV PLUS」を発表、同社の革新性を世界に印象付けた。

しかし、鈴鹿サーキットでの勝利から約30年、ホンダの状況は様変わりし、世界企業への原動力となった同社の「革新の歯車」には大きなきしみが生じている。

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