世界で戦う「商品ラベル」を作る老舗の正体 ラベル1枚に印刷技術の粋が詰まっていた!

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こうして創業から96年経った今も時代の最先端を行くシモクニのルーツは、好奇心旺盛で人一倍“ハイカラ”だった創業者、下國司馬太郎氏にまでさかのぼる。司馬太郎氏は、松前藩の武家出身。文明開化の時代には、異文化を肌で感じて知識見聞を広げようと、上海へ視察に赴くなど、新しいもの好きで好奇心旺盛な人物だったそうだ。

そんな司馬太郎氏がドイツ製のシール印刷機と出会ったのは、1933年(昭和8年)に大阪で開催された博覧会でのことだった。当時の日本のラベル(札)は、1枚1枚刷る木版、石版印刷の時代。それと比較すると、巧緻にズレなく印刷できるシール印刷機は画期的なものだった。ここに将来性を感じた司馬太郎氏は、それから2年後に道内で初めてシール印刷機を導入しシール印刷をスタートさせた。

当時の札幌は、大手の百貨店が店舗を構えるなど食品業界をはじめ流通小売の黎明(れいめい)期。その発展とともに、シモクニは一般印刷業者や包装資材業者、そして百貨店などから受注を確保していく。こうして、司馬太郎氏の“先見の明”によって“特殊印刷はシモクニ”としての評判が確立された。

3代目社長が「無借金経営」の掟を破り大型投資

ただ、シール印刷の幅広い用途、そして真新しさが認知されていくにつれ、1980年代後半ごろから競合環境は厳しくなっていった。ちょうどそのタイミングで会社を継いだ3代目の下國民雄社長は、1988年に大きな決断に踏み切る。工場の敷地を倍に拡大して増改築、さらには数億円規模の大型の設備投資を行ったのだ。

実は、この設備投資を巡っては、先代の2代目社長と意見の対立があった。先代社長の方針は「腹八分目の商売」。借金はするな、手形を振り出すな、手形を割引くな。身の丈に合った経営をし、良いものを作り黙っていてもお客様が来る会社を作れ――。これがモットーだった。

今でもこの経営方針は受け継がれているが、このときばかりは借入を伴う大型投資を断行した。このままでは参入してくる大手業者にお客様を取られてしまうとの危機感からだ。ただ、この工場拡大がきっかけとなって、その後の他社ができない製品づくりへとつながった。現在は、20ほどの特許や実用新案、商標登録を持っている。

競合環境の激化により、受け継がれてきた社訓をやぶって大型投資に踏み切った3代目・民雄社長(筆者撮影)

こうして今なお技術の向上とそれを製品に結びつけているシモクニだが、その力の源泉はどこにあるのだろうか。

民雄社長が技術の安定的な継承のために活用しているのが、毎年行われるラベルコンテストだ。当社では社内でラベルコンテスト委員会を数名で構成し、一定期間後には順次、社員を入れ替えていくことで技術の向上を図っているのである。

“井の中の蛙”にならず、世界を舞台に戦う感覚を養成するためには、人材への投資も惜しまない。世界的な展示会へ社員を派遣したり、世界ラベルコンテストの開催地であるベルギーやシカゴでの研修、海外工場の視察などにも積極的に社員を派遣している。こうして見聞を広めることで、社員皆が多様な感性を持ち、社員のモチベーションが上がっているという。「豊かな時代になっても、少しでもなお夢を持ってもらいたい」という下國社長の想い、そして、見聞を広げることで仕事を楽しんでいる社員。そこに、シモクニが高い技術を継承・発展させ続けている秘密があるようだ。

もっとも、課題が尽きることはない。昨今では、ますます多品種・小ロット・短納期のニーズが高まるなかで、当社でもこうしたニーズに対応すべく、2年前から工場の体質改善に取り組んできた。現在は、「ようやく安定してきた」(民雄社長)という。

経営の信条は『1枚のラベルに大いなる情熱と真心を込めて』。今後も、店頭の“無言のセールスマン”、ラベル・シールにアイデアと技術を注ぎ続けていくことだろう。

篠塚 悟 帝国データバンク 札幌支店情報部部長

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しのづか さとる / Satoru Shinozuka

金融機関勤務を経て、98年に帝国データバンク入社、情報部に配属。中小企業から大型倒産まで数々の企業破綻を取材。2012年東京支社情報部情報取材課長、2015年より現職。倒産取材をしながら、経営者へのインタビュー取材を通じ、道内の経済動向を吸収中。

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