乙武洋匡が見たガザ、そこに生きる人の苦悩 選べない境遇の違いが大きな隔たりとなる
肥沃な大地として知られたパレスチナ自治区
8月22日に配信した「乙武洋匡が見たガザ地区の痛ましすぎる現実」に続く後編。朝目覚め、カーテンを開けると、どこのリゾート地に来たのだろうと混乱するほどに美しいビーチが広がっている。そのまま少しだけ視線を左側に移すと、数隻の船が停まっている埠頭らしきものが見えた。ピタパンにフムスとチーズ、そしてトマトにキュウリという、いかにも中東らしい朝食を済ませた私は、早速、そこまで出掛けてみることにした。
まだ午前中だというのに、太陽がじりじりと肌を焦がす。ガザには高い建物が少ないので、日光を遮る場所を見つけることが難しい。車いすに乗っているだけで汗が噴き出してくる。ホテルの窓から見えた埠頭の方面へ進んでいくと、海沿いに何隻もの小舟が波に揺られていた。上からのぞき込むと、漁師たちが漁網から今日の収穫らしきものを取り出しているところだった。
「サラマリコン(こんにちは)」
私が少し声を張ってあいさつすると、彼らは手を止めて、顔を上げた。自分たちに声をかけているのが何やら不思議なカタチをした東洋人であることを確認すると、彼らはわざわざ船から上がって話しかけてきてくれた。作業を中断させてしまって申し訳ない気持ちもあったが、せっかくなので彼らと話してみることにした。
――今日は大漁でしたか?
返答がない。代わりに、何ともやるせない表情を浮かべている。今朝の仕事が不調に終わったのだろうか。質問を変えてみる。
――このあたりでは、どんな魚が獲れるんですか?
すると、彼らの表情には、明らかに苦悶の色が浮かび始めた。少しの沈黙の後、ひとりの男性が堰(せき)を切ったように話しだした。
「ここは、本来、とても豊かな漁場なんです。おいしい、そして高い値で売れる魚がたくさん獲れました。ところが、いまではイスラエルに海域や漁獲量を厳しく制限されてしまっていて、獲れるのは小さな魚や貝類のみ。もう何年もこんな状態が続いているんです」
漁師としての本来の仕事を奪われた切なさが、その表情から痛いほどに伝わってくる。それでも彼らは最後に、「旅の無事を」、そして「アラーがあなたを守ってくれますように」と祈りの言葉を口にしてくれた。
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