野村克也が語る、「弱者」こそ最後に勝つ理由

「コミュ力」の前に何を身につけるべきなのか

「自分で自分のことを客観的にとらえる」などと言うけれど、それは容易ではない。どんなに研鑽を積んでも、自分の自分に対する評価は甘くなるものだ。

逆に、他人の評価は厳しいことが多い。だから不満につながってしまうのだが、私は他人からの厳しい評価も謙虚に受け止めなければならないと思う。

もちろん、それは厳しい評価ばかりではない。しっかりと仕事をしていれば、見ている人は必ずいる。

現役の頃から、私は引退したら野球評論家になるしか道はないと思っていた。その当時、各球団の監督、コーチを見渡すと、皆大学を出た人ばかり。だから、私が監督になれるなんて夢にも思っていなかった。「野球評論家しか道はない」と心に決めていた。

現役時代、日本シリーズ出場を逃すと、テレビ局からゲスト解説の出演オファーがかかることがあった。そんな時私は、引退後の「野球評論家」のことを大いに意識して、自分をアピールする絶好のチャンスだと思って必死に解説した。野球の本質を斬る「最高の解説」をしてやるぞと意気込んでいた。

「見てくれている人」は必ずいるから、腐るな

そして、私のこの解説をしっかり見てくれていた人がいた。私にヤクルトの監督のオファーをしてくれた相馬和夫社長(当時)だ。その時、「ああ、ちゃんと見てくれている人がいるんだな」と本当にうれしかった。

読者の皆さんの中にも、仕事でいい評価をもらえずにストレスをためている人がいるかもしれない。もちろん理不尽な理由で評価されないこともあるだろう。だが、それでも「腐ったら終わり」である。

他人の評価は真の自分の姿を映し出す鏡だと思って、謙虚に仕事に取り組むことを忘れてはいけない。そうすれば、いつか必ずきちんと見てくれる人が現れて、評価を得られる日がくる。だが、腐って投げやりになってしまえば、上司や周囲からの評価はますます悪くなる一方だし、それが上向くことも永遠にない。

もしも自分が自分で思っているだけの評価が受けられないと感じているならば、それは甘えが生まれている自分に対する警鐘だと思うべきだ。「謙虚になれよ」と。そこで踏ん張れば、本物の力が必ずついてくる。そして、見ている人からきちんと評価されるようになるはずだ。

プロ野球監督といえば、今の時代、その条件としてなぜか、人として「明るい、軽い、柔らかい」という性格的要素がある気がする。

栗山英樹(日本ハム)、工藤公康(ソフトバンク)、中畑清(元DeNA)、アレックス・ラミレス(DeNA)と、皆そうではないだろうか。今は私みたいなタイプが監督をすることはほとんど不可能に近いのではないか。

私のように「暗い、重い、硬い」タイプの人間は、きっと「監督の器」として適切ではないと判断されるのだろう。

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