脱北エリートが語る「北朝鮮の体制転換」3条件 内実を知るテ・ヨンホ氏に独占インタビュー

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2.一般民衆への情報提供~韓流ドラマと風船飛ばしに、絶大な効果

次に、テ・ヨンホ氏が重要視するのが、一般民衆への継続的情報提供だ。最近は携帯も普及し、カカオトークなどのアプリを通じた通話を北朝鮮当局が統制できていないことが話題になっている。ここで最も効くのは、国境沿いから風船の中に北朝鮮の実態を告発する手紙と5ドルなり10ドルなりを入れて、大量に飛ばすことだという。

風船の中に悪口を書いてお小遣いを入れて飛ばすって、なんだかかわいらしすぎやしないかと思ったのだが、南北交渉でこの国境沿いでの風船飛ばしの中止を何度も要請するくらい、この「一般大衆への情報流入」を北の当局が恐れているというのだ。

実際、他の独裁政権が倒れる過程を見ても、情報と国境の統制崩壊が、体制の崩壊につながってきた。いま、北朝鮮当局が韓国ドラマを見た民衆を処刑していることがよく知られているが、それほど「自国の外の世界の実態」が国内に浸透することが、北朝鮮の民衆蜂起に大きな影響があるのである。

3.制裁解除と核凍結の交換は厳禁~北朝鮮から対話を求めさせることが大切

最後に、テ・ヨンホ氏が強調するのが、「制裁解除」と「核凍結」を交換せず、あくまで日本もその他国々も対北制裁を続けて、北朝鮮のほうから対話を願い出てくるように仕向け、非核化を目指すことだという。

私が「日本の経済制裁って、もうやるだけやって、他にできることはないのでは?」と問いただしたところ、アメリカが“Secondary Boycott”としてそうしているように、北朝鮮と取引している中国企業と自国企業の取引を禁止するなど、日本側からの制裁強化としてできることが、まだまだあるのだという。

テ・ヨンホ氏は以下のように語る。

「北朝鮮を変えることができないのに対話を開始すると、これまでの原則である『先に非核化し、次に対話』という原則が崩壊してしまう。
非核化を目指すなら、対話による北朝鮮の核凍結を目指すのではなく、現在の経済制裁を維持・強化しつつ、北朝鮮のほうから対話を願い出てくるような状況を作らなければならない。
仮に北朝鮮が第六次核実験を行った場合、さらに強硬な制裁が必要だ。そうせずに、現在のような状態で、北の核凍結をもって制裁を解除すれば、数年後、北朝鮮の情勢が改善したときに、再び核実験が行われる。そして最終的には、国際社会はより強化され、高度化した北朝鮮の核と対峙することになるだろう」

 

北朝鮮の体制に変化を迫るには、北朝鮮のエリート層および大衆への継続的な情報提供と支援の用意をし、核凍結と制裁解除という安易な妥協をしないことが、金王朝を終わらせるうえで重要だと、テ・ヨンホ氏は語るのだ。

テ・ヨンホ氏の夢と、私が渡したお土産

テ・ヨンホ氏の夢は、いつか統一がなされた後、北の故郷に、ソウルから歩いていくことだという。暗殺を恐れて身を潜める脱北官僚が大半である中、命懸けで勇気をもって、北朝鮮の実態をつぶさに教えてくれるテ・ヨンホ氏に感謝するとともに、その夢がかなう日が1日も早く来ることを、私も祈りたい。

お土産の「獺祭(だっさい)磨き二割三分」、そして、テ・ヨンホ氏も絶賛する『粛清の王朝・北朝鮮――金正恩は、何を恐れているのか』の日本語訳版をお渡しして、3時間に及ぶ長い食事が終わったのであった。

『粛清の王朝・北朝鮮』は、これ1冊でおそらくどの外交官や政治学者の解説よりも、「北朝鮮の真の実態」を「ノンフィクション小説を読むような楽しさ」でご理解いただける内容に仕上がっている。

政府や外務省の方全員に読んでいただきたいのはもちろんのこと、政治や外交に関心がない普通のビジネスパーソンにも「権力闘争の本質」を学ぶ上で、非常に示唆深い内容に仕上がっている。

そして誰よりも、東洋経済オンラインのファンの皆さんと、そうでない皆さん、つまるところ全員に、ぜひとも読んで頂きたい一冊である。

ムーギー・キム 『最強の働き方』『一流の育て方』著者

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Moogwi Kim

慶應義塾大学総合政策学部卒業。INSEADにてMBA取得。大学卒業後、外資系金融機関の投資銀行部門にて、日本企業の上場および資金調達に従事。その後、大手コンサルティングファームにて企業の戦略立案を担当し、多くの国際的なコンサルティングプロジェクトに参画。2005年より外資系資産運用会社にてバイサイドアナリストとして株式調査業務を担当した後、香港に移住してプライベート・エクイティ・ファンドへの投資業務に転身。英語・中国語・韓国語・日本語を操る。著書に『世界中のエリートの働き方を1冊にまとめてみた』と『一流の育て方』(母親であるミセス・パンプキンとの共著)など。『最強の働き方』の感想は著者公式サイトまで。

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