「騎士団長殺し」に見える村上春樹のパターン

この話型は彼に取りついたものだ

同じ仕掛けからどう違う物語が紡がれるのでしょうか(イラスト: しりあがり寿)
「天下無敵」をめざす合気道7段の武道家にして、フランス現代思想を専門とする思想家、そして相談回答の達人、ウチダ先生が今月も街場のよろず問題を快刀乱麻!
村上春樹の新作『騎士団長殺し』を読んだのですが、主人公がいきなり奥さんから離婚してくれ、と言われて旅に出て、白髪の紳士に、美少女、そして鈴の音が聞こえて「騎士団長」が現れて……わけがわかりませんでした。ぜひ、わけがわかるとうれしいです。

その鍵盤を押さないと音が出ない

当記事は「GQ JAPAN」(コンデナスト・ジャパン)の提供記事です

いつもそうなんですよ。『ねじまき鳥クロニクル』でもいきなり奥さんがいなくなっちゃいますしね。『羊をめぐる冒険』だって、『スプートニクの恋人』だって、ある日いきなり彼女がいなくなるという話なんですから。これは村上春樹の愛用する「説話的定型」なんですよ。それは作家にとってピアノの鍵盤みたいなもので、その鍵盤を押さないと音が出ないんです。

内田 樹(うちだ たつる)/1950年生まれ。神戸女学院大学名誉教授。思想家、哲学者にして武道家(合気道7段)、そして随筆家。「知的怪物」と本誌スズキ編集長。合気道の道場と寺子屋を兼ねた「凱風館」を神戸で主宰する(写真: 山下亮一)

そういう類のストーリー・パターンというのはどんな作家にもあるんです。チャンドラーのフィリップ・マーロウものだって、言ったら全部同じじゃないですか。探偵事務所に依頼者がやってきて、いわくありげなことを言うのだけれど、それは全部嘘で……というのはどの作品も同じでしょ。でも、読者は「全部同じパターンじゃないか、ほかに違うのをやってみろ」とは言わない。同じ仕掛けからどういう違う物語が紡がれるのかをわくわくして読む。

今度の『騎士団長殺し』に出てくる免色さんは白髪で物静かな紳士ですけれど、モデルはもちろん『ロング・グッドバイ』のテリー・レノックスでしょ。彼が遠い家の灯りをみつめる場面は『グレート・ギャツビー』でギャツビーがデイジーの住む岬の緑の灯火をみつめる場面と同じだし。そういう既視感はかなり意図的に仕込まれていると思いますね。

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