EU消滅の引き金は「知識人たちの錯覚」である ブレグジット予言者による「国民国家」復活論

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この問題は経済の枠を超えている。これは民主主義の問題であり、統治の質の問題だ。しかし、劣悪な統治には貧弱な経済的パフォーマンスがついてくる。これまでの経験と、何らかの政治同盟を組まざるをえなくなる国々の多様性からいって、EUは最悪のことをしでかす目算が高い。EUはすでに「エスペラント・マネー」(ユーロ)を生みだし、今また「エスペラント政府」(政治同盟)を生みだそうとしているかに見える。

確かにユーロばかりがEUの問題点ではないし、欧州でうまくいかなかったことのすべてがEUの落ち度というわけでもない。その点で、過激なEU懐疑派は話を誇張しすぎている。しかし欧州の指導者たちはまるで見当違いのことに意を注いでばかりいた。彼らは統一の実現ではなく、卓越を生みだすことを夢見るべきだったのだ。それには欧州史の大半を通じて存在した多様性が不可欠だった。経済のことはほとんど(あるいは何も)知らずに、そうした欧州のエリートたちは欧州の利益をひどく損なうような行動を取ってきた。条約や合意や規制に執着し、共通化を追求してきたのだ。

エリート層はまるで理解していない。国家の繁栄は、大小の工場や店舗、サービス業で働く市井の人々の、一見単調な営為のうえに築かれるものだということを。しかもそれが実現できるのは、彼らが官僚主義に邪魔をされずに、ビジネスの利益を十分に追求できた場合に限られるのだ。

一方、統合主義者の工程表と社会モデルに従う中で、欧州各国の政府は幻を追ってきた。これらの政府は大きいが、だからといって有能ではない。むしろ政府が伝統的にこなしてきたこと――市民を内外の危険から守ること――に関しては、救いようがないほど無力である。移民問題にせよ国防問題にせよ、現代の欧州国家は哀れな落第生だ。大きいが優柔不断で、金食い虫だが能力が低い。これが右派からの批判である。一方で左派からは、グローバル化と市場圧力の猛威にさらされているのに、国家が「社会保障」の提供者としての役割を果たしていないと不満が漏れている。

どちらの批判も説得力がある。しかし防壁と口実と脅威の混合物であるEUの傘がなくなれば、さしもの欧州各国の政府も目覚め、するべきことをするかもしれない。

欧州の退潮は経済と政治の相互作用の結果だ。経済的な繁栄が自己破壊的な習慣に浸ることを許してきた。堕落した政治が衰退の根を長らえさせる一方、政治家は人々にさまざまなアヘン剤を与えてきた。「絶えず緊密化する連合」を絶えず追求することで、欧州の成功を生みだすという目的が後回しにされてきたのである。

EU内の比較的立場の弱い国々では、欧州の指導層の政策への反対論が抑えられる。自分たち自身の制度的な弱さや、危うい近代史を知るがゆえだ。彼らはブリュッセルから漂いでる傲慢と無能と腐敗の混合物を、あまりに長く許容してきた。

「国民国家」復活に目覚めはじめた人々

だがそれも変わり始めている。欧州全土で人々が目覚めている。エリートたちはそれに応えるだろうか? 応えないなら、私たちはひどく不快なものに直面するだろう。経済停滞(極端なケースでは経済崩壊)、政治制度への不信、外国人嫌悪、人種差別主義が一体となって、破壊的な弊害をもたらすかもしれない。

私が希望するのは、EUがその働きと性質を根本的に改革することにより、将来の欧州の成功に貢献することだ。それが実現できないのであれば、そのときはEUの消滅を希望する。

欧州の繁栄を増進すること、世界の中での欧州の発言力を強化することは、欧州の国民国家に――単独であれ、新たな連合の一員としてであれ――任せるべきなのだ。

(翻訳:町田敦夫)

ロジャー・ブートル エコノミスト

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Roger Bootle

英国シティのNo.1エコノミストのひとり。1999年にロンドンに設立された欧州最大の経済調査会社「キャピタル・エコノミクス」創業者兼経営者。ブラウン政権では、独立経済アドバイザーとなる。下院財務委員会の顧問も務め、保守党政権が選出した「ワイズ・メン」のひとりでもある。「コメント・アワード2012」では経済分野の年間最優秀コメンテーターに選ばれた。2012年7月、キャピタル・エコノミクスのチームと共に栄えある「ウォルフソン経済学賞」を受賞。オックスフォード大学出身。

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