繁栄と無縁だったアメリカ白人たちの正体 取り残された街がトランプを大統領にした

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本書『ヒルビリー・エレジー』はそんなラストベルトの一角、オハイオ州の鉄鋼業の町で子供時代を送った人物がその半生を綴った回想録である。とりわけこの記録が貴重なのは、貧困地域における問題の本質をマクロの視点ではなく、一人の生活者として、そしてファミリーの記憶として、ミクロの視点から描き切っていることだ。

暴力とアルコールとドラッグと失業が蔓延

幼少の頃から父親が次々と代わり、名前や住む場所や頻繁に変わる。母親はヒステリックに怒り、時にはDVに及ぶ。母親が逮捕されぬよう警察ではウソの証言を行い、あげく母親はヤク中になってしまい尿検査で提出する尿を息子にせがむ。それは著者の心に十分なトラウマを植え付け、その後の人生に大きな影を落とすほどであった。

しかもこの家が特別ということではなく、その光景は街の至るところでも繰り広げられていたという。暴力とアルコールとドラッグと失業が蔓延する地域は、とにかく社会課題が山積みで、しかも驚くほど多様であった。

そんな著者が大学を卒業し、最終的に社会で成功を収めるようになるまでには、いくつかの転機となる出来事があった。まずは高校生の時、祖母が安定した家庭環境を提供してくれたということである。何を当たり前のことと思われるかもしれないが、普通であることすら稀有、この点にこそ問題の本質が潜んでいるだろう。

やがて海兵隊に入隊し、規則正しい生活を送ることの重要性を初めて学ぶ。さらに努力することで自分自身を変えていけるという経験を積み重ねると、次第に成功への歯車が回り出す。その後はイエール大学のロースクールへ入学し、この地域の出身者としては珍しく社会階層のアップグレードに成功するのだ。

生活者目線で指摘する問題点の数々は興味深く、産業構造といった外部環境のみならず、住民の気質にも問題があったという。プライドが高くて収入は低い。そんなヒルビリーの人たちは人生の早い段階から、自分たちに都合の悪い事実から目を背けることによって、不都合な真実に対処する方法を学ぶ。自分の人生なのに自分ではどうにもならないと考え、なんでも他人のせいにしてしまう傾向にあるのだ。

マスコミ不信に陥っており、自分たちに好都合な事実がどこか別の場所に存在すると思い込んでいるため、陰謀論のようなフェイクニュースに対しても簡単に餌食となってしまう。つまり理想と現実を混同し、街ぐるみで学習性無力感に陥っている状態だ。だから貧困は、地縁・血縁を通じて伝播しやすくなってしまう。

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