甲子園連覇狙う作新学院「考える野球」の真髄 なぜ、「送りバント」があれほど少ないのか

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今井は、大会前からプロが注目する選手で、ドラフト候補に挙げる声もあった。ただ、スカウトの一般的な評価としては「球は速いが、決してトップ評価ではない」というレベルにとどまっていた。

高校生投手で初めからトップ評価を得ていた「ビッグ3」〈花咲徳栄(埼玉)高橋昂也投手、横浜(神奈川)藤平尚真投手、履正社(大阪)寺島成輝投手〉には及ばないと見られていたのだ。だが、勝ち進むにつれて評価はうなぎ上りになった。大会の途中からは「ビッグ3」に割って入り、「ビッグ4」「四天王」と呼ばれるようになった。

「エース」の条件、それは球速ではない

今井に対して大きな期待を持てばこそ、小針は厳しい態度で接し続けてきた。2015年夏に甲子園出場を果たした際も、その直前にあえてベンチメンバーから外すという苦渋の決断をしている。なぜ、そうしたのか。

「今井の場合、もともとマウンドに上がると『絶対に三振を取ってやろう』と思うような投手でした。とにかく速い球を投げたいという気持ちだけが先走っていた。それではチームを勝たせられる投手ではない。だから『打たれても良い。一緒に守る野手、チーム全体の事を考えて投げてくれ』と何度も言いました」

小針はこう言う。「個人的な意見ですけれど、球が速い投手は監督にとってみると、決して面白くないんですよ。フォアボールか三振という両極端の結果となりがちで、試合全体で見たときにプラスになることが少ない。そういう意味ではかつての今井も"使いたくない"投手でした」

どうしたら、今井にわかってもらえるか。小針は練習試合に限り、今井に2つの"制約"を課した。140キロ超を出すのは禁止、8割の力で投げること。その狙いは、チームのために、という精神を植え付けることにあった。「力だけに頼らなくても、打者のタイミングを外せば抑えられる」という投球のメリハリを肌で感じてほしかったという。

小針の狙いは功を奏し、今井は単に「球が速い」だけの投手から、一皮むけて「勝てる」投手へと変貌していった。「2年の時の今井は、3イニングは持たせられるくらいの選手でしたが、3年夏には9イニングを任せられる投手になった。単純に考えて、3倍成長したということです」。

次のステップへ進んだ今井に対して小針が行ったのは、エースとしての自覚を促す作業だった。

「今井にはあえて、『エースとして……』という言葉を多く発して、鼓舞してきたつもりです。作新学院のエースとしてどんな投球をすべきか、つねに考えて練習する必要性を伝えました。なかなか普段どおりの力を発揮できないのが『魔物』が潜む甲子園という舞台。それを意識して、『上を目指せるように心づくりをしなさい』と伝えてきました」

今井の意識は大きく変わった。それは、普段の練習に対する姿勢だけでなく、メディアへのコメント内容1つをとっても明らかだった。春は「プロになりたい」「150キロを投げたい」と自身に意識を向けた発言が多かった。だが、夏大会の直前になると幾度となく「チームのために投げたい」と、力を込めるようになった。小針が1年間投げかけ続けてきた言葉が、今井にしっかりと根付いたのだ。

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