乙武：なるほど。
中川：「知るか」と思いながら、俺はかたくなに実家にずっと帰ってた。何年も。それはもう、さっきの同調圧力なんですよ。そんな一橋まで行った子は、ずっとちゃんと働くべきである、っていう地元の鉄のおきてというか。
乙武：やっぱり、日本は江戸時代から「五人組」があり、共同で責任を負わされ、村のおきてがあって、それに背いたら村八分にされ、後ろ指を指される。なんなら、石だって投げられる。そういう文化があったわけですよね。「おまえ、何時代の話をしてるんだよ」と言われるかもしれないけど、私はこの平成の中でも、ある意味、五人組のような風潮というのは、結構根強く残っていると思います。突拍子もないことをしたやつは、後ろ指を指される。「人様から眉をひそめられるようなことだけはしてくれるな」という感覚があって、しかも「眉をひそめられるようなこと」には、法に背くようなことだけでなく、「多くの人と違う生き方」まで含まれてしまう。あれから何百年経ってるんだろうと思いますが、あまり変わってないなというのは非常に感じます。
中川：不思議なのは、100年前まで、日本中のいたるところで夜這いしてたんですよ。
河崎：明治に入るにあたって、やはり西洋的な法治国家なる仕組みをどうしても輸入したかったので、社会契約を結ばせたと。日本人ってまじめだから、一度そういう社会契約を結ぶと、村じゅうですごく几帳面に守ろうとする。
中川：あと、不倫っていう言い方も、やっぱり日本独特かなと思っていて。倫理に反するっていう意味じゃないですか。たぶん英語だとcheat、「だます」ですよね。言い方が違う。
河崎：cheating on wife、cheating on husbandですよね。個人をだますという考え方です。そうだ、日本はあくまで「倫理的でない」という。社会倫理なんですよ。1対1の関係ではなく、「あなた 対 社会」のその契約を、あなたは不履行にした、ダメにしてしまった、逸脱したという考え方ですね。
中川：倫理っていうのは、規範とも似た言葉であり、社会全体が守るべきもの。で、最小単位である家族間でも守るべきもの、ということになっている。不倫っていう言葉自体の語源は。
河崎：個人間の問題じゃない。
中川：じゃないんですよ。すべてが、社会。たぶん「お天道様は見てるよ」的な話で、個人の愚行を、この社会において迷惑行為である、と規定しちゃうんですよね。別におまえには迷惑かけてないだろっていう話なんです、本当は。
河崎：そう。武田砂鉄さんのように「不倫の問題は、その当事者しか、怒る権利は持ってない」って。「それ以外のやつが怒るな」と指摘する見方もあります。でも、そういう社会全体で守るべきとした規範に違反した人に対して、たとえ個人的な話題であっても社会全体で責めていい、怒っていい、むしろ怒るべきだ！って、どこか皆思っちゃってるところがあるんですよね。
中川：怒りたいのかもしれないですね、この社会ね。何かに怒りたいのかもしれない。
河崎：それは、自分たちがそのルールの中にはまって生きているからですかね。すごく鬱屈した気持ちを持っている一方で、経済的に困窮している。それがネットで可視化されているのかな。
「不寛容な社会はポリコレがつくり出している」
乙武：今の話って、ポリティカルコレクトネスにもつながってくる話だと思うんです。私自身は障害者ということもあって、ポリコレの権化みたいに思われている節もあるんですが、むしろ、私はあまりポリコレが好きではないんですね。日本におけるポリコレの歴史をさかのぼっていくと、おそらくスチュワーデスさんを客室乗務員と呼んだり、保母さんを保育士と呼んだり、あの辺が最初なのかなという気はするんですけれども。
中川：あとは、そこから進んで、マンホールも差別用語みたいな。
河崎：なんで？ ああ、パーソンホールならいいんだ。
乙武：おととしぐらいだったかな。どこかから取材のご依頼をいただいて、「当日は、ライターとカメラパーソンがお伺いします」って。2度見しましたよ、「カメラパーソン？」と。
河崎：フォトグラファーでいいのでは。（笑）
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