「上野公園には、もうひとつホールが必要だ」

春の上野を一変させた男の次なる野望とは?

IIJ鈴木幸一会長の音楽祭に懸ける思いとは?(写真:尾形文繁)
3月16日から4月16日まで、上野の東京文化会館周辺はピンク色に染まる。桜の色にちなんだ「東京・春・音楽祭」のペナントが貼られるためだ。13年目を迎えるこの音楽祭を一から作り上げてきたのが、IIJの鈴木幸一会長。同氏にこの音楽祭に懸ける思いを聞いた。

上野の春の風物詩として定着した音楽祭

――鈴木会長のお財布から始まったこの音楽祭も、上野の春の風物詩として定着し、今回が13回目。続けることに意義があるとよく言いますが、続けているだけではなく、どんどん発展していますね。

こういうものは発展しないと続かないですからね。少しずつよくしていこうと考えています。一気によくしたほうがいい、という考え方もあるんですが、それには限界がある。なにしろスタッフもわずかですから。

――驚くのはスポンサーの数が急増したこと。一流企業ばかり49社になっていますね。支援企業が増えたことで楽になりましたか。

ところが、そうでもない。増えた分だけ使っていっちゃう。今年もワーグナーシリーズの第8回ということで、4月1日と4日に「ニーベルングの指環」から『神々の黄昏』をやりますが、これは出演者が多いこともあって大変な費用がかかるんですよ。

僕はスポンサーが増えたから楽をしようとは思っていない。スポンサーが増えた分、みなさんがもっと喜んでくれるようなものにしようと考えているし、もっと長続きするようなものにしていきたい。ですから、みんな「相変わらず鈴木さんは病気だね」と思っていますよ(笑)。

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1976年に創業し、90年代の渋カジブームを牽引したビームスが今も元気だ。創業以来赤字知らず。40年、最先端を走り続けられる秘密は何か。設楽洋社長への独占インタビューを掲載。