「東アジアの平和」は米軍に頼らざるを得ない 米新政権を孤立主義に走らせるのは危険だ

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最悪のシナリオ。それは偶発的な武力衝突から生じる尖閣諸島をめぐる日中戦争や、台湾問題や「一つの中国」をめぐる米中戦争だ。

トランプ政権のブレーンには対中強硬派が多い。米国の中国に対する「レッドライン」(越えてはならない一線)になっている、と安全保障の専門家らが指摘する南シナ海のスカボロー礁の軍事拠点化をめぐる米中軍事衝突なども考えられる。こうした武力衝突の経済的な帰結は言わずもがなだ。

このように今日のアジアは、米国の強い関与や米軍のプレゼンスなしでは、地域の平和や安定が保てない。特に北東アジアでは、歴史問題や領土問題で互いの国が嫌がるような挑発を繰り返す政治家や一部市民が後を絶たず、欧州のような地域の安定に向けた「和解」が立ち遅れている。このため、スタビライザー(安定化装置)やメディテーター(仲介者)としての米国の強いコミットメントが必要とされている。

その一方、在日米軍や在韓米軍の縮小を機に、日本は自主防衛力を強化し、東アジアの安全に積極的に寄与すべきだという「対米自立派」の立場からすれば、トランプ政権の誕生は歓迎すべきなのだろう。

しかし、そう単純ではない。東南アジア諸国など他のアジアの国々は、今でも米国を台頭著しい中国のカウンターバランスとみなしている。米国のプレゼンスが弱くなった分、日本はインド、豪州など域内の主要国とともに米国の肩代わりを求められる。日本はそれに耐えられるのか。「対米自立派」の主張は、この観点が欠けている。総じて米国のアジアでのプレゼンスが弱まれば、域内が不安定化するのは間違いないのである。

米国の強い関与がなければ・・・

世界最強国の米国は第二次世界大戦後70年余り、アジア太平洋での覇権を維持し、ソ連や中国といった共産圏と対峙して自由民主主義の価値を広めてきた。そして、今や世界の人口の6割を占めるアジアの経済成長に寄与してきた。国際公共財提供者としての役割を負い、地域の安定と繁栄に資してきた。

オバマ政権も、中国の海洋進出を意識して、アジア太平洋に外交・安全保障の重点を移すリバランス(再均衡)戦略を推進したが、特に政権2期目に入り、中国による南シナ海での人工島造成と軍事拠点化を止められず、終始後手に回った。2015年秋から米艦艇を人工島周辺に送り込む「航行の自由作戦」を4回実施するにとどまった。

オバマ前大統領はそれに先立つ、2013年9月、米国民に対するシリア問題についての演説で、「米国は世界の警察官ではない」と明言した。それが後のロシアによるクリミア侵攻やISの樹立宣言、中国による南シナ海での埋め立て本格化など、「力による現状変更」を許す大きな誘因となった。

トランプ大統領の防衛問題上級顧問となったアレクサンダー・グレイ氏と、新設の国家通商会議(NTC)のトップに指名されたピーター・ナヴァロ氏は米大統領選前日の昨年11月7日発行の外交専門誌「フォーリン・ポリシー」で、オバマ政権のリバランス戦略について、「大声で話して、小さなこん棒しか持たない」と指摘した。オバマ政権がアジア直視の効果的な政策を打てなかったと批判したのだ。

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