銀行が借り手の将来性に貸すのが難しい理由 金融庁の方針を鵜呑みにしたら何が起こるか

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マイクロソフトやグーグルは極端すぎるとして、新技術を開発した中小企業が、実用化のための工場を建設する資金を借りに来る場合もあるでしょう。その際の問題点は2つです。

1つは、借り手に技術力があるか否かを判断するのは、普通の銀行員にとって、非常に難しい、ということです。銀行員の多くは、財務諸表は読めても、実際にモノを売り買いしたりサービスを提供したりした経験は乏しいですし、技術の開発や技術を用いた製品の開発を経験したことのある人も少ないからです。

新技術を開発した中小企業に融資する?

そもそも技術を理解するのは大変ですし、理解したつもりでも、借り手のほうが圧倒的に詳しいので、言いくるめられてしまう可能性もあります。市場の予測も現実的に難しいでしょう。景気がどうなるか、産業がどうなるか、そして何より、当該製品と競合商品の勝負はどうなりそうか、など不確定要素が多数あります。

銀行員として、できるかぎりの調査は行うのでしょうが、そのためのコストが膨大である割には貸出の回収可能性が正しく予想できるわけではありません。

さらに2つめに、本質的な問題があります。そもそも銀行というのが「ハイリスク・ハイリターンの借り手に融資するにはふさわしくないビジネス」であることです。

たとえば、目利き能力の高い銀行員の判断によれば、「借り手には技術力があるので大きく発展するかもしれないが、倒産のリスクも大きいとして、100を貸した場合、1年後の借り手の企業価値は150になるか80になるか半々だ」とします。ビジネスとしては、悪くないでしょう。しかし、銀行の融資先としてはふさわしくありません。

企業価値が150になった時でも、銀行が得られるのは金利だけですが、80になれば、銀行は20の損失を被ります。これでは、仮に高い金利をとっても割が合いません。一方、ハイリスク・ハイリターン企業の株主にとっては、「成功すれば金利を払った残りは自分の儲けになり、失敗しても自分の損は資本金だけで、それ以外は銀行の損」という賭けなのです。これでは銀行は貸せませんね。

銀行以外の投資家が、100の出資を行えば、財産が期待値として115に増えるわけですから、悪くないでしょう。つまり、こうした企業に対して資金提供をするのは、銀行の仕事ではなく、投資家にふさわしい仕事なのです。プロの投資家が素人から「ハイリスク・ハイリターンの投資をしたい人は、銀行に預金するのではなく、私におカネを預けて下さい」といって集金するのです。

同じことを銀行がやればいいという考え方もありますが、預金者の資金を使ってハイリスク・ハイリターンな業務を行うと、銀行の最大の責任である「預金者の預金を守る」ことがおろそかになってしまいます。

さらに言えば、銀行には自己資本比率規制がかけられています。銀行が投資を行って損失を被ると、自己資本が減り、自己資本比率規制に従うために貸出を削減しなくてはならなくなります。貸し渋り、貸し剥がしが発生するのです。それによって、健全な借り手が融資を受けられなくなるなど、大きな影響が出てしまいます。

信用力は高くないが地域になくてはならない先に貸出をするという事は、貸し倒れ損失が発生する可能性が高いという事です。これは、私企業である銀行にとって無理難題と言えるため、そのままでは守られません。

そこで、地域になくてはならない先に対しては、地方自治体が保証をすることで銀行の融資を促す、といった選択肢が考えられます。そうなれば、金融庁の目的が達せられることになるはずです。

塚崎 公義 経済評論家・元大学教授

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つかさき・きみよし / Kimiyoshi Tsukasaki

日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。主に経済調査関係の仕事に従事。銀行を退職し、久留米大学に移る。2022年に定年退職。著書に『大学の常識は、世間の非常識』など。

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