北朝鮮経済が「社会主義」にこだわるワケ 経済制裁下でも広がる「企業責任管理制」とは

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朝鮮労働党の金正恩(キム・ジョンウン)党委員長が政権を本格的に担った2012年以降、いくつかの経済措置が執られたが、その目玉の一つが社会主義企業責任管理制だった。われわれからすれば「独立採算制」に近いものだが、北朝鮮側は「社会主義」という看板を外さない。金哲所長が指摘するように、「国家の指導・管理の下」と、生産施設などの「社会主義的所有」が大前提となっているためだ。

金所長は平壌326電線工場を引き合いに出し、社会主義企業責任管理制の成果を紹介したが、記者も訪朝中にいくつかの工場・企業を取材。社会主義企業責任管理制による実施状況と成果について質問してみると、「生活費(月給)に加え、増産したぶんは従業員の労働に応じて、現金か現物かで支給」(元山靴工場)、「月給は45万~60万ウォン(実勢レートで約5900~7800円)」(金カップ体育人総合食料工場)、という答えが返ってきた。

国家指導でどこまで成長させられるか

月給45万~60万ウォンの絶対額は小さいものの、北朝鮮の物価・生活水準からすればかなり高いほうだ。ほかにも、月給25万~30万ウォン(約3300~4000円)を支給したうえで、白米などの食品・日用品の現物支給を行う企業(元山葛麻食品工場)や、工場の敷地内に従業員向けの休養施設や託児所を設置するなど福利厚生に力を入れている企業(金正淑平壌製糸工場)もあった。金カップ体育人総合食料工場の場合、「技術系の従業員には(上記の金額より)厚めに出している」(同工場の朴南鎮副社長)と従業員の技量や貢献度に応じた給料体系を採っているところもあった。

社会科学院経済研究所の李基成教授は社会主義企業責任管理制について、「国家が給与の制定基準を決めたうえで、企業や工場の責任幹部らが生産計画や方向性を自ら決めることができるようになった。最低補償額は8万ウォン(約1000円)」と説明する。

取材した企業はいずれも、社会主義企業責任管理制を導入、その運営で成功した企業・工場であり、金正恩党委員長も現地指導を行うなど、いわば成功した企業だ。当然、導入したものの、成功にいまだ至っていない企業もあるだろう。そうした企業を国家の指導の下でどう管理していくか。この制度を続けるかぎり、北朝鮮当局にとって重い課題となるはずだ。

福田 恵介 東洋経済 解説部コラムニスト

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ふくだ けいすけ / Keisuke Fukuda

1968年長崎県生まれ。神戸市外国語大学外国語学部ロシア学科卒。毎日新聞記者を経て、1992年東洋経済新報社入社。1999年から1年間、韓国・延世大学留学。著書に『図解 金正日と北朝鮮問題』(東洋経済新報社)、訳書に『朝鮮半島のいちばん長い日』『サムスン電子』『サムスンCEO』『李健煕(イ・ゴンヒ)―サムスンの孤独な帝王』『アン・チョルス 経営の原則』(すべて、東洋経済新報社)など。

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