「補助剤」と戦い続けた卓球・水谷選手の覚悟 ラケットの補助剤不正使用問題を検証する

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ルール破りが横行していくと、さらに悪知恵を働かせる選手が現れる。ラバーの厚さは4ミリ以下に制限されているが、補助剤を塗り込めばラバーは膨張して厚くなる。このため、ラケットの表面をくり抜き、厚みをごまかすケースも出てくるようになった。

こうした実情を、水谷はロンドンオリンピックの前から日本卓球協会に直訴。ロンドンの開催中にはITTFのアダム・シャララ会長(当時)が「不正行為をしている選手がいるのはわかっている」と日本のテレビ局の取材に答えたが、その後も事態は変わらなかった。

どん底からはい上がろうとした水谷の覚悟

筆者は戦後のスポーツヒーローで"ピンポン外交官"としても知られた3代目ITTF会長の荻村伊智朗氏(故人)の評伝『ピンポンさん』を出版したのをきっかけに、多くの卓球関係者と出会うようになった。

卓球ほど用具に依存しながら、用具に寛容な競技はない――。そう痛感したのは、水谷の告発を批判的に受け止める声が、国内の関係者の間でも少なくなかったからである。

「グルーと違って健康に害がないのならば、補助剤を使ってもいいのではないか」

「公認されているラバーも、補助剤に近い成分を最初から塗り込んでいるのではないか。それなら、性能はほとんど変わらないはずだ」

「水谷も文句を言わずに、補助剤を使って対等な条件で戦ったらいい」

それは「ロンドン五輪で結果が出なかった言い訳にするな」という批判よりも、水谷にとって酷だったはずである。ITTFは「解決策を見つけるために全力を尽くしている」としながら、彼らと同様の見解を折にふれて口にしていたからだ。

とりわけ、補助剤の使用解禁という選択肢に、水谷は強く反発した。「もしそうなったら、僕は卓球をやめると思います。誠実にルールを守りながら、技術を磨いてきたこの数年間の日々の努力が無駄になりますから」と。

補助剤の不正使用を告発したあと、水谷は失意の日々を送った。

復帰後すぐに迎えた2013年の全日本選手権で敗れ、2年連続で後輩に天皇杯を譲った。その後の世界選手権では初戦敗退という初の屈辱をなめてしまう。

「すべてが悪い方向へ流れていって、卓球をやめようかと考えたこともありました」と、水谷は筆者の当時のインタビューに答えている。

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