これぞクラシックピアノ界の「リアル二刀流」 医者&ピアニスト「上杉春雄」の作られ方

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もともとがピアノオタクで、CDや昔のLPを山のように聴いていたし、気に入った音楽家の録音は全部集めないと気が済まない性格でした。このピアニストは10代の時こんな演奏して、30代はこうなって、60代で死ぬ直前はこんな演奏をしていたなんていうデータを詰め込んでいたわけです。

20歳になったばかりの自分がどういう演奏をしたらよいか考えながら、自分がよく聴いていた演奏家たちとの溝を埋めていったのです。目標である医者になったら、ピアノが弾けたとしても練習時間があまり取れなくなるのは目に見えていたので、ピアニストとしてのデビュー後も、短時間で練習が仕上がる合理的な奏法や練習法を必死で模索していたのです。

学生時代最後のコンサートは、チャイコフスキーコンクールで優勝した直後の諏訪内晶子さんとあちこち回ったミニツアーだったのですが、その最後のコンサートで、永年探していた音を自分が出していることに気づいたのです。ピアノから離れて過ごした医者修行時代は、その時に感じた音や手の感触を追いかけながら、机や膝の上でいつも指を動かしていました。

ピアノを持たない生活に違和感

中学の時に進路を決めた時以来、今この瞬間に至るまで、自分の考えたことや選んだ道は間違っていなかったと思っています。つまり、ピアニストになるか医者になるかで迷ったことは一度もないのです。ただ、ピアノを弾かない自分というのは子供の頃からあり得なかったので、医者になってピアノを持たない生活を5年あまり過ごした時には、どこか違和感がありましたね。自分が自分でないような感じです。

医者になった当初の3年程は、慌しい救急病院などを中心に回っていてピアノどころではなかったのですが、ある学会のレセプションで頼まれてピアノを弾いたのです。当時はピアノを持っていないために練習もままならず、記憶の中の音と手の感触を頼りにひたすら指のトレーニングをしてきただけでしたが、強烈なモチベーションに導かれて演奏したような気がします。

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