「シンクロ鬼監督」の結果を出す意外な指導術 井村雅代の「選手の心に届く」コーチング力

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そして、目標に据えたアジア大会では中国に次いで2位。ワールドカップでは出場全種目で銀メダルを獲得し、王者ロシア不在とは言え、世界ランキングで暫定3位に浮上するという快挙を成し遂げた。記憶に新しいリオ五輪での復活の土台はこのプロセスにあったと言えよう。

今どきの若者世代を鼓舞するコーチング

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日本代表選手は18歳~26歳のいわゆる若者世代だ。2004年まで教えていた選手の世代と異なり、全力でやって失敗したら傷つくからと、力を出し切ろうとしない。

そんな選手たちから目一杯力を引き出そうと、井村は知る限りの言葉を駆使して伝える努力を続ける。練習プールサイドに大きく配置されたホワイトボードには、井村が選手たちに届けたいと感じた言葉がその都度書かれている。

「練習はうそをつかない」

「自分の可能性を信じよ」

「毎日、1ミリの努力をしよう」

垂直跳びで40センチ跳べる人に対して、3カ月後に50センチ跳ぶハードルは高い。しかし明日は40センチと1ミリ、その次の日はさらに1ミリ高くと諦めなければ3カ月後に必ず10センチ高く跳べる、と工夫されたメッセージである。

今の若い選手の力を発揮させる為に「次々に新たな目標を掲げて意欲をかきたて危機感を煽る」工夫も戦略的にプランニングしている。リオ五輪出場を決めるとすぐに、予選会で泳いだルーティーン(演技)を作り替え、まるで新作に挑むようにあれこれ変更したのも、その一つだ。

予選通過という目標にはそのための演技。五輪でメダルを取るには、それにふさわしい新しいルーティーン(演技プログラム)を用意する。次々に異なる目標を掲げて意欲を掻き立て、危機感をあおり、選手を追い込んでいく。そうしなければ持てる力を発揮できないのが今の若者だ。

背景には以下のような考えがある。 「今の子は辛抱強くない。私らみたいに地味な辛抱ができないんですよ。スマホなんかの影響もあるかもしれないね。一つのアプリを自分なりに使いこなす前に次々と新しいアプリが与えられる。常に新しいもの、新しいものへと気持ちが移る」

中学教師の経験もある自らを「根っ子は教育者」と呼ぶ井村ならではの洞察力とコーチングの妙と言えよう。

大森 拓人 スポーツライター、社会心理学専攻

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おおもり たくと

スポーツライター、社会心理学専攻

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