あの「熱海」に再び観光客が集まっている理由 宿泊客数は2011年を底にV字回復

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財政再建にメドがついたことから熱海市は2011年からプロモーションにも手を出させるようになり、市来氏のオンたまも観光企画室と連携。地元の神社や商店と組んだプロジェクトなど、官民連携も積極的に行った。2011年に宿泊者数が底を打ったのも、この年から行政が積極的な観光客誘致へ攻勢を転じたからでもある。

財政再建と同時に進んだのが、街の世代交代だ。「市長選の時期はちょうど私が帰郷した頃。私だけでなく、街全体になんとかせねばという機運があり、市長当選と同時に立ち上がったNPO、市民活動も多い」と、市来氏は話す。

実際、観光協会の会長は2008年に20歳ほど若返り40代になったほか、30代の市来氏も副会長として加わった。商店街の役員も20~40代が中心で、旅館組合などでも青年部が存在感を示している。背景には、熱海の厳しい時期を生き抜いた、「前世代」の経営者たちの危機感と世代交代への後押しがある。老舗の中には反対する同世代を説得する人もいたそうで、財政再建も世代交代も進まない街が多い中にあって熱海は希少である。

熱海が抱える課題とは

熱海市は今後、市来氏とも協力して熱海で起業する人を増やしたい考えだ。これについては、同じく人口減に直面する小田原や真鶴などのエリアと連携する案も出ている。

一方、問題も山積している。人を増やすにも、熱海には空き家はあっても、リーズナブルかつ良質な住宅が足りない。加えて、1950年4月の1カ月間に二度の大火に襲われたため、中心部には共同で建てられたビルや集合住宅が多く、共有する所有者間の合意形成がなかなかできないため、建て替えが進まない。観光業に長らく依存してきたため、人口の8割以上がサービス業に従事しており、そのほかの産業が育っていないのも課題だ。肝心の観光も、宿泊数こそ持ち直しているものの、かつて600軒ほどあった企業の寮・保養所は200軒弱と激減。観光客の購買力は大幅に落ち込んだままだ。

それでも熱海は、若い世代にこの街の再生を真剣に考えている人が多く、ほかの街ではなかなか実現しない財政再建や世代交代をやり抜いてきた。今後もその力が発揮できれば、かつての状態に戻ることはないはずだ。

中川 寛子 東京情報堂代表

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なかがわ ひろこ / Hiroko Nakagawa

住まいと街の解説者。(株)東京情報堂代表取締役。オールアバウト「住みやすい街選び(首都圏)」ガイド。30年以上不動産を中心にした編集業務に携わり、近年は地盤、行政サービスその他街の住み心地をテーマにした取材、原稿が多い。主な著書に『「この街」に住んではいけない!』(マガジンハウス)、『解決!空き家問題』(ちくま新書)など。日本地理学会、日本地形学連合、東京スリバチ学会各会員。

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