住宅業界が大混乱 法改正の落とし穴

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審査の厳格化があだ「専門家不足」が露呈

 「いくら何でも厳しすぎる。『石橋をたたいて渡らない』とは、このことだ」。日本建築士事務所協会連合会の北野芳男常務理事は、今回の法改正についてそう語る。

 法改正の最大のポイントは、確認審査の二重チェックが義務づけられたことだ。高さ20メートル超のマンションなど一定以上の高さの住宅は、これまでの自治体や民間会社による確認審査に加え、新設の「構造計算適合性判定機関」による工学的な見地からのチェックが必要となる。

 厳格化はそれだけにとどまらない。確認申請時に必要な添付書類が大幅に増えたため、建築士には重い負担がのしかかる。確認申請後に店舗の間仕切りなど設計を変更する場合は、工事を中止し、変更箇所を再申請しなければならなくなった。国土交通省は「軽微な変更」については申請が不必要としていたが、その定義があいまいで、建築現場は対応に苦慮していた。

 業界からの反発を受け、国交省は11月中旬に緩和策を打ち出した。建築材料に関する大臣認定書の写しなど、申請書類の提出を簡略化。耐震性や防火面などで安全性が損なわれないと証明できれば、申請後でも設計変更を可能にした。

 当初は業界全体に戸惑いが見られたが、国交省の微調整もあり、ここにきて落ち着きを取り戻してきた感があるのは確か。10月の構造計算適合判断の件数は、前月を大きく上回る1000件を超えることが確実視されている。国交省内にも「現場の習熟度が高まれば、回復に向かうだろう」との見方が出始めた。

 とはいえ、状況は楽観できない。というのも、改正建築基準法には根本的な不安要因が横たわるからだ。

 構造計算適合性判定機関による厳格な審査(ピアチェック)は、構造設計の実務経験者など大臣が認定した専門家が担う。国交省はこの専門家の数を全国で1900人程度とし、需要を満たすに足る年間6万件を消化できると見積もる。しかし、専門家の多くは設計事務所やゼネコンなどで日常勤務し、判定機関には非常勤で土日のみの出勤というケースが少なくない。「6万件をさばくための人員を実際には確保できていない」と、前出の北野常務理事は指摘する。法改正の最大の目玉が審査のボトルネックになっているという、何とも皮肉な状況だ。

 安全性確保の観点から「審査の合格ラインを下げることは本末転倒で、能力のない人にチェックしてもらっても仕方がない」(国交省建築指導課・安藤恒次企画専門官)との見解にはうなずける部分もある。ただ、頭数が足りないとなれば、短期間での解決策は見いだしにくい。

 厳格化を錦の御旗としたものの、国交省の事前対応は配慮が足りなかったと言わざるをえない。

 法改正の詳細を説明した技術解説書を配布したのは、施行よりも2カ月遅れの8月だった。建物の耐震性の点検に使う新しい「構造計算プログラム」の開発も遅れている。開発業者に、法改正の詳細が伝わるのが遅れたためだ。新プログラムが本格稼働するメドは今も立っていない。

「だまされた」と業界 現場との対話は十分か

 「だまされた」と、業界関係者は憤りを隠さない。法改正の詳細が決定する前の審議(事前説明)段階では、ピアチェックが行われるのは「一定の高さ以上等の建築物」とされていただけだった。ところがふたを開けてみると、マンションや商業ビルなどは軒並み審査厳格化の対象だったのだ。「構造計算を切り口にして審査の基準を設けることは、関係者なら当然わかっているだろうと思っていた」と、国交省の安藤企画専門官は話す。関係者が理解できるように、丁寧な事前説明がなされていたのか気になるところだ。

 現場との対話が十分であれば、現実問題としての「専門家不足」も事前に把握できたであろう。少なくとも法改正後のこのような混乱は回避できたのではないだろうか。

(書き手:梅咲恵司、日暮良一)

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