GHQは「日本国憲法」をこう読んでいた 英語版でわかる、憲法の「二枚舌」

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日本国憲法で最も多くの議論を呼んでいる、第9条の英語版はどうなっているでしょうか。

第9条に潜む、キケンな英訳

『英語版で読む日本人の知らない日本国憲法』(KADOKAWA)。上の書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

実は、第一項、第二項ともに、日英版のニュアンスの違いは「あやうさ」をはらんでいるといえます。

ここでは、より分かりやすい、第二項の「ニュアンス差」に注目してみましょう。(ここも、原文は飛ばして解説に注目!)

In order to accomplish the aim of the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained. The right of belligerency of the state will not be recognized.

前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

ここでは特に「その他の戦力」という部分の単語、other war potential について考えて見ましょう。

other は、もちろん「その他の」という意味です。potential は、今や日本語でもよく使われる「ポテンシャル=潜在力」。つまり、「その他の、戦争につながりそうなもの」というニュアンスが正しい意味。

しかし、日本国憲法では、これを「戦力」としているので、英語版と日本語版のどちらを「原本」ととらえるかによって、安全保障に関する考え方にズレが生じてしまう、と畠山氏は指摘します。

池上氏はさらに踏み込んで、「ニュアンス的には『戦争に少しでも関係する、ありとあらゆるものを持たない』と理解することも可能です。この言葉が帯びるニュアンスに厳密に従えば、機銃を有している海上保安庁の船舶も違憲となってしまいます。さらには、日本の衛星技術、コンピュータ技術、宇宙開発技術まで含まれてしまうかもしれません。こうしたことを考えると、英語版は日本語版よりも締め付けがきついといっていいでしょう」と補足しています。

日英両方を比較することで、世界に向けた「英語版」のほうが、日本国民に向けた「日本語版」より厳しい制約となっている――。

これは、単純な翻訳ミスなのか、それとも両方が納得するように、巧みに「調整」がなされたのでしょうか。今や、真実は訳者が知るのみです。

施行までの血なまぐさい歴史と、日本・アメリカの文化背景、そして英文法の知識と一緒に読むことで、英語版憲法が「ただの翻訳ではない」ということがわかります。

そしてそれを理解したとき、「憲法の真の姿」が、より明確になるでしょう。

畠山 雄二 理論言語学者

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はたけやま ゆうじ

1966年静岡県生まれ。東京農工大学 准教授。専門は理論言語学。東北大学大学院情報科学研究科博士課程修了。博士(情報科学)。著書に『言語学の専門家が教える新しい英文法:あなたの知らない英文法の世界』(ベレ出版)、『科学英語を読みこなす:思考力も身につく英文記事読解テクニック』(丸善出版)、『英文徹底解読 スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学卒業式講演:ジョブズが本当に伝えたかったこと』(ベレ出版)などがある。

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池上 彰 ジャーナリスト

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いけがみ あきら / Akira Ikegami

1950年、長野県生まれ。1973年慶應義塾大学卒業後NHK入局。ロッキード事件、日航ジャンボ機墜落事故など取材経験を重ね、後にキャスターも担当。1994~2005年「週刊こどもニュース」でお父さん役を務めた。2005年より、フリージャーナリストとして多方面で活躍中。東京工業大学リベラルアーツセンター教授を経て、現在、東京工業大学特命教授。名城大学教授。2013年、第5回伊丹十三賞受賞。2016年、第64回菊池寛賞受賞(テレビ東京選挙特番チームと共同受賞)。著書に『伝える力』 (PHPビジネス新書)、『おとなの教養』(NHK出版新書)、『そうだったのか!現代史』(集英社文庫)、『世界を動かす巨人たち〈政治家編〉』(集英社新書)など。

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