判官びいきから勝ち馬側へ、変質する浮動層 行動経済で読む選挙

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システマティックに動く浮動層の確立

ここに、「浮動層」は確立する。彼らの目的は、政治、いや選挙結果に影響を与える、自分達が決定権を持つこととなった。もちろん、新党ブームは、この層の顕在化現象の一つだが、90年代の細川政権や村山政権の成立は、これらの層の動きが背景にあるとはいえ、政治家たちの策謀が表に出すぎたため、浮動層の疎外感は一層強まった。

皮肉なことに、この浮動層が決定的に影響力を発揮した最初の革命的な動きは、旧体制の内部で起きた。それは、自民党総裁選における、橋本龍太郎の敗北、小泉純一郎の勝利であった。自民党員による選挙において、特定利害の争いではなく、浮動層の取り込みだけを巡って選挙が戦われ、小泉の劇的な逆転劇となったのであった。

それは、さらに小泉郵政解散選挙で衝撃的な結果をもたらした。実体は、経世会と清和会の派閥争いに過ぎなかったものを、浮動層の決定力を活かして小泉陣営が圧勝した選挙だった。だから、このときに小泉に熱狂して投票した人々は、2009年の総選挙では、政権交代を決定付けることを目的とし、民主党に雪崩をうって流れることになる。

ここに浮動層は、浮動しているランダムなノイズトレーダーではなく、システマティックに動く浮動層として、メディアにも、保守的な政治家層にも認知されることになる。観察に熱心な政治家たちはいち早くこの浮動層の確立に気づいていたが、経世会の人々などは、いまだにコアな支持層の固い票で勝負になるという感覚が捨てされずにいた。

それが政権を取るまでの民主党の躍進にうまく対応できなかった理由である。一方、新生党のときに失敗している小沢はこれに当然気づいていた。しかし、彼は、野心的にも、浮動層も固定層も両取りしようとしたのである。

浮動層は、選挙結果を決定付ける快感だけで動いているから、政権交代が実現した後は、新たな動きを決定付けるためにうずうずしていただけだったから、次の選挙は浮動層では勝てないことを、彼はよく理解していたからであった。

しかし、これを理解しなかった、新種のファンダメンタリストたちは、小沢を徹底的に批判した。浮動層を新しいスタイルの自分たちのコアな支援者だと誤解し、マニフェストに固執し、また浮動層のすべての支持を得続けようとしたために、すべての論点においてポピュリズム的な主張を取らざるを得なくなり、それらは両立せず、すぐに破綻することとなった。

彼らは、自分たちのコアな層は浮動層にあると誤解したのが致命的であった。彼らは浮動層であるから、原理的にコアな支持層にはなり得ないのである。

小泉の熱狂的な支持から、小泉批判をして政権交代を目指した民主党に移ってきた人々は、政治をエンターテイメントと捉え、選挙により、自分たちで結果を動かしたい、という欲望にだけ基づいていることに気づかなかった。そして今も気づいていないかもしれない。政策に固執するのはその現われである。決める政治が求められていると言うことは、政策自体は何でもいいのである。

勝ち馬に乗るように行動を変えた浮動層

これは、新しい「ファンダメンタル教」であって、政治的利権をファンダメンタルズと考える勢力を批判したものの、政策提言をすることが票を得るためのファンダメンタルズだと考える、「政策ファンダメンタルズ教で」あったが、彼らはこの誤りにまだ気づいていない。

政治マーケットあるいは選挙マーケットは、政策がファンダメンタルズだとすると、ファンダメンタルズでは決まらず、行動で決まる行動ファイナンスあるいは行動政治学の世界なのである。

ここに冒頭に述べた第二の軸が明らかになるだろう。それは、浮動層という属性を持った人々は、行動を変えてきたのである。彼らは浮動層としてまとまるまでは判官びいきであったのが、この属性を確立した後は、勝ち馬に乗るように行動を変えたのである。

昔は、まとまっても選挙を動かすことはできなかった。どうあがいても自民党が多数を占め、その中で、どの派閥が力を持つか、と言うことぐらいであるから、特定の利害と関係なく、政治に影響を与えようと思えば、いわゆる批判票を投じることぐらいしかなかった。

東京都知事選で青島幸雄が勝ったのが究極で、単に彼に都政を任せたいのではなく、これまでの都政への批判と言うことだけだった。だから、昔は、自民党のある派閥、あるいは中選挙区における自分の選挙区の1番手が強すぎると思えば、2番手、3番手の自民党の反主流派に投票したものだった。

しかし、今は、小選挙区で、政権政党の決定権が生まれ、それを動かすことが浮動層の目的となったから、判官びいきではなく、勝ち馬に乗るようになり、動かす側に回ろうとしたのである。

これは、金融市場ではバブルに乗る投資行動と同じである。だから、選挙活動も、昔は、土曜日には、ぎりぎりです、危ないです、と訴えることによって逆転を図ることが可能だったが、今は、そんなことを言ったら自殺行為なので、望みが薄くなってきても、勝てると自信満々に気合を入れる戦略が票を伸ばすようになったのである。

さて、このような見方をもとに、今回の選挙を占うと、現在は混沌としている部分もあるが、選挙後の政権、あるいは政治に大きな影響力を与えると思われる政党に投票が流れ込むと思われる。それは与党になりそうな党、と言うこともあるだろうし、その与党に対峙する上において、政局に一定の影響を与えると思われる政党に投票すると予想される。

(注)敬称略。また、あくまで筆者の個人的な予想であり、特定の政党を支持するものではない。

小幡 績 慶應義塾大学大学院教授

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おばた せき / Seki Obata

株主総会やメディアでも積極的に発言する行動派経済学者。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現・財務省)入省、1999年退職。2001~2003年一橋大学経済研究所専任講師。2003年慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應義塾大学ビジネススクール)准教授、2023年教授。2001年ハーバード大学経済学博士(Ph.D.)。著書に『アフターバブル』(東洋経済新報社)、『GPIF 世界最大の機関投資家』(同)、『すべての経済はバブルに通じる』(光文社新書)、『ネット株の心理学』(MYCOM新書)、『株式投資 最強のサバイバル理論』(共著、洋泉社)などがある。

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