原作・横山秀夫が語る映画「ロクヨン」の魅力 「映像作品はこう」という強固な意志を感じた

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――新聞社を辞めて小説家になったことが人生の転機となった。

そうですね。高度成長を背景に、終身雇用が当たり前の世界で生まれ育ってきた人間ですから、当然のこととして記者職に骨を埋めるつもりでした。しかしさまざまな葛藤の末に会社を辞めることになった。もちろんそれは自分で選んだ道ではあるのですが、いまだに一つの仕事を全うできなかった敗北感というか負い目のような思いがあります。それはきっと、ノンフィクションやジャーナリズムを凌駕したと自分で確信を持てるような小説が書けない限りは、その気持ちは払拭できないのかなと思っています。

また短編中心の活動に戻したい

「短編は作りたいが『64(ロクヨン)』のような重層的な話だとちょっと厳しい」 (C)2016 映画「64」製作委員会

――『64(ロクヨン) 』 を発表した今でも?

ええ。もちろん私は物語の力を信じています。どれほど衝撃的であっても、情報は散逸しますが、物語は人の心にいつまでも留まる。子どもの頃に読んだO・ヘンリー短編集の、あの何とも言えないモヤモヤとした結末は、半世紀を経た今も様々な感情を呼び起こしてくれます。今度こそ小説を一生の仕事にしたいので、O・ヘンリーの境地に一歩でも近づきたいですね。

――横山さんは「64(ロクヨン) 」や「クライマーズ・ハイ」といった長編のみならず、短編作品にも定評があります。O・ヘンリーの名前が出てきましたが、原点は短編小説ですか。

長編を書く仕事が続いていますが、いずれまた短編中心の活動に戻したいですね。短編は、小説に出てくる人間の人生を切り取っている感覚で書いていました。長編はどうかというと、実際に何本か書いてみて、どれほど紙数を費やしても結局は人の人生の一部を切り取っているにすぎないということが分かりました。

それならば、短編でキレと余韻のあるものを量産したい。長編に耐えうるようなアイデアが浮かんでも、まずはどうにか短編にできないかと考えますね。ぜいたくな短編を作りたいんです。さすがに『64(ロクヨン) 』のような重層的な話だとちょっと厳しいですけどね。
 

壬生 智裕 映画ライター

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みぶ ともひろ / Tomohiro Mibu

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。近年は年間400本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、とくに国内映画祭、映画館などがライフワーク。ライターのほかに編集者としても活動しており、映画祭パンフレット、3D撮影現場のヒアリング本、フィルムアーカイブなどの書籍も手がける。

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